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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
十章 フラジャイル
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九話『話し合い』

 姫香さん――いや、『結姫さん』を百子さんに任せて僕らはいったん外に出た。

 ……僕が耐え切れなかった。

 病院外の恐らくは喫煙スペース。そこへ慣れたように咲夜が向かって行ったから常連なんだろうな。彼女はヘビースモーカーではないが悩み事があると本数が増える。

 無言で所長と咲夜は煙草を咥えて火をつける。非喫煙者の僕に配慮の一言ぐらいしろ。


「夜弦兄さんも吸います?」


 咲夜がぴょこんと箱から飛び出た紙巻煙草を差し出してくる。そういう配慮ではなくてだな。

 既視感を感じて、ああ長谷を殺した後もこんな感じだったなと思い出した。あの時は所長ではなく百子さんだったけれど。


「いや、いいよ」

「でしょうね。煙いの嫌いでしたものね」

「分かって勧めるな」


 しばらくそれぞれ別々の方向を黙って眺める。

 長い長い沈黙のあと僕は切り出した。


「記憶は戻るんですか」


 自分で言っていて笑ってしまった。

 僕はたまたま、どうにか、奇跡的に記憶が戻っただけに過ぎないのだ。その奇跡が他にも通じるとは思えない。

 所長は崩れていく灰をじっと見つめながら答える。


「分からないというのが正直なところだ。――精神的なストレスが大きすぎたんだと」

「……かみさまが死んでしまったことですか」


 そういえば、目覚めてからかみさまの姿を見ない。どこへ行ってしまったのだろう。


「あの時点ではどうにか踏みとどまってはいたんだろうさ。だが、神崎に連れ去られて、俺が舌なんか切られるだのなんだのあって……奴の思惑通りかどうだか知らないが壊れちまった」

「狙い通りだったと思いますよ。神崎は手段を選ばなかった」


 むしろそれで壊れていなければ、所長は殺されていてもおかしくなかった。

 あの段階ですでに姫香さんは詰みだったのか……。


「乗せられたよなぁ。目的は姫香を手中にすることなんだと気付いていればもう少し慎重に動いていただろうに」

「終わった話ですよ」


 ぎゅ、と煙草を灰皿に押し付けながら咲夜は言う。


「たらればの話をしていてもいい方向には向かいません。私たちは、これからどうするかを話し合ったほうがいいのでは?」

「……冷静だね」

「そう見えるなら僥倖です。私だって、二年の間親密にしていた友人が記憶を失ってしまったことに動揺しているんですよ。ですが私以上に動揺しているのが目の前にいると、冷静にならざるを得ないではないですか」

「言うようになったなぁ!」


 もともと咲夜は言うことがキツイが、この二年振り回してきたせいでさらにパワーアップしている。やめてくれ、メンタルはそんな強くないんだぞ僕は。

 所長も微妙な表情で黙り込んでいる。情けない男どもである。


「荒療治としては、これまで俺たちが分かっている範囲でのあいつのことを話す。どこかできっかけが出来て、思い出すかもしれない」

「……言えますか?」

「無理」


 姫香さんの父親を殺したのは所長だ。彼女が居た組織を潰し、長谷と神崎を殺したのは僕。

 それを隠して話を進めたとして事務所で起きた事件のあれこれは六歳に聞かせるようなシロモノではない。


「思い出してほしいのに、なんだか歯がゆいですね……」

「お前の時はマジで思い出さないでほしかったから違うベクトルで大変だった」

「お? やりますか?」

「あ? ツルより負傷箇所少ないからな、今なら勝てる」

「馬鹿なことを……」


 額に手を当てて咲夜は息を吐く。

 彼女はその流れでポケットからスマホを取り出し、しばらく見つめていた。

 僕が声をかけようと思った頃合いで咲夜は言う。


「あの子の過去を、知りたいですか?」

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