第七話『久しぶりの親子』
次に目を開いたとき、僕は病室にいた。
『国府津』のために用意されたいわゆるVIP個室。懐かしいなあ。
迷わずナースコールを押す、押……お? 身体が動かない。
というか身体が鉛のように重い。少しでも動かそうとすると耳鳴りがキンキンと聞こえる。
仕方ないので目だけ動かしてまわりの様子を確認し――痛ッ!
何だこの痛さ!? まるで目が抉れたような痛さなんだけど! 抉れてたわ。
見える範囲に点滴スタンドには血液パックやもろもろがぶら下がっている。頭の上からは機械音が聞こえるので心電計だろう。そこまで重症だったのか。
まあそれもそうか。耳も欠けているし、目も抉れているし……。あちこち打撲とか擦り傷だらけだろうし。しかもほぼ不眠。身体が悲鳴を上げているのかも。
「……あー……」
意味のない呻きを漏らす。
今は何時で、あれからどのくらい経ったのか。みんなは無事なのか。それが知りたかった。
「今は昼の三時。夜弦が回収されて二日と十一時間経つ。君が味方と思っているのは全員生存だ。君が聞きたいのはこんなところかな」
ふいに横から声がする。
ぞぞっと氷水を背中に注ぎ込まれたような感覚がした。
固まった首を無理やりに動かし横を向く。
置かれている机に仕事道具らしきものを広げ、足を組んでこちらを見ている男がいた。
国家諜報機関がひとつ、『国府津』の現当主。国府津夜岸だ。
そして僕の父親でもある。
二年以上ぶりですね……。
やっべえ……。昨日ぐらいに電話で啖呵切っちゃったし、今僕動けないし。絶体絶命じゃん?
「はは、心拍数が上がってきているよ夜弦。久しぶりの対面に緊張しているのかな?」
するだろそりゃ!
神崎がラスボスならこの人は裏ボスだろ……。
「いつもなら咲夜に任せるところだけど、彼女もだいぶ奮闘して義手が壊れてしまってねえ。さすがに酷使するのも悪いし、それにほら、親子水入らずの時間も必要じゃないか」
い、いらない!
声が出せようが出せまいが危機的状況に変わりがない……。
「まずは『鬼』の討伐おめでとう。『国府津』ではおおっぴらに動くことが出来なくなっていたし、神崎元はまるでイタチみたいなやつでね。なかなか捕捉出来なかったんだ。まさか自分の息子がエサだとは思わなかったけれど」
これは絶対本題ではない。
なんだ……なにが本題なんだ……。
「神崎元と言えば、諜報部会議襲撃の首謀者はそいつだったようだね。雑魚でも数が多いと困りものだよ。それと、サーバー攻撃は世界中からだったから骨は折れたけど黒幕が日本にいたからこちらで処分した。『鴨宮』の長男――元長男は優秀だね。たったひとりで追い詰めたんだから」
百子さんのことか……。
記憶を取り戻しても分かるぐらい超優秀だよなあ……。
「それに、味方を頼るということも覚えたみたいでよかったよ。人はひとりでは生きていけないからね。その点からも学びの多い時を過ごせたと思うんだ」
父親は立ち上がった。
「さて、ねぎらいはここまででいいかな?」
本題が来る! 本題が来るぞ!
呻きしかだせない息子にもう少し手加減とかは無いんですか!? ないみたいですね! 知ってた!
「本当にもう……君が記憶喪失になってから大変だったんだよ。護衛として咲夜を派遣したから万年手は足りないし、次期当主の不在をごまかすために『湯河原』に借りを作って……ぼくもさっさと引退したいのに二年の空白が出来ているからそんなことできないわけで、ああしかも今回の後始末もしないといけないんだもんな……」
ぶつぶつと父さんは不満を漏らし始めた。よっぽど溜まっていたらしい。
そりゃそうか……。ひとり息子が暗殺者になった挙句、記憶喪失になったんだから。心労は絶えなかったはずだ。
「なにもしてなかったわけではないんだよ、夜弦」
「はい……」
「なのにあんな強く反抗されたらちょっと凹むよね。気にしてないけど」
気にしてるっていうよなそれ!? 相当根に持ってるじゃん!
「あとは、君のわがままや想定外の動きに振り回されてお目付け役の咲夜が何度も罰を受けてきていてね。さすがにかわいそうだったよ」
可哀そうに思うなら罰を与えなければいいのに……。
というか咲夜、まったくそんなこと言っていなかったな。たまに手に包帯巻いているときとかあったけれどそれってもしかして罰を受けたあとだったのかな……。
だというのに事情をくみ取りもせずしばいて本当に悪いことをした。内心切れていると思う。
「そういうのは本人が受けるべきなのにね」
ん? 雲行きが怪しくなってきたぞ。
「本当は片手の指全部折ってやろうと思ったけど、医者にそれはやりすぎと止められてね。仕方がないから小指と薬指だけにしてあげる」
「ちょ……」
おいおいおいおい!
怖いよ! この当主怖いよ! 息子にやっていいことじゃないだろ!
あと医者も止めるなら全面的に止めてくれませんかね!? 仕事が増えるだけだぞ!?
折られた。
有言実行なのもどうかと思う。




