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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
十章 フラジャイル
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五話『最後の武器』

 神崎の弾は僕の目を掠めた。

 僕の弾は神崎の脳を破壊した。


 狭まった視界の中で、僕は背中から倒れこむ神崎の心臓に向けてさらに二発撃ちこんだ。


 母親の命を奪ったあの日から、銃声が怖かった。

 自分で発するときですら、ずっと意識を他に向けていた。

 だから当たらない。だから殺しきれない。

 もういいだろ。

 今は隠れて震えていた僕ではないんだ。

 怯えるのは、飽きた。

 

 神崎は、驚いた表情と共にふっと口端をわずかに上げる。

 ――それで終わりだった。


 奴の身体を受け止めた床にはじわりと血が広がっていく。

 警戒を緩めないままゆっくりと近寄り、顔を覗き込む。

 目は淀んでおり、じわじわと瞳孔が広がっていた。呼吸の停止を確認し、脈拍も反応がない。心臓を破壊しているんだから動くはずはないか。

 そこでようやく僕はへたり込んで長いため息を吐いた。

 

「……はじめてちゃんと当たった……」


 人生の半分を使って憎み、追い続けた組織がようやく終わった。

 いや……まだ完全に終わったわけではない。現に咲夜たちが今も交戦を続けているはずだ。

 それでも『鬼』がここで崩壊したのだと思うとどっと疲れが――


「まだだよ」


 いつのまにか僕の対面に現われた白い少女は言う。


「まだ『鬼姫』がいる」

「……なんだよ、君まで神崎の狂言に騙されているの?」


 仮にもかみさまだろうに。

 戯言で踊らせる立場だろ、君は。


「おにいさんを潰そうとしてここまで頑張っていたんだよ? あの子になんにもしていないわけがないじゃない」

「じゃあ聞くけど、『鬼姫』は僕になにをするって言うんだよ。組織は崩壊した。傀儡だなんだ言っていたけど、操る人間がいなくなればそんなの関係なくなる」


 神崎はここで死んでいる。

 こいつと同じぐらいの能力がある人間がいるというなら話は別だけれど、逆に神崎にとっても脅威になりうるから潰してそうだし。


「もう操る人間がいなくても操り糸はそのままだとしたら?」

「ふんわりと喋らないでくれ。何が言いたいんだ」

「つまりね――」


 こん、と足音が響いた。

 そちらを向くとゴスロリ服の黒い少女が立っている。

 傍目から見ても折れたと分かる手首。逆の手には――拳銃。


「姫香さん……?」


 ぼんやりとした目は焦点が定まっていない。

 かみさまは両手を広げ、僕の前に立つ。まるで海外ドラマの演技のようにおおげさに肩をすくめてみせた。


「今そこに居るのは、『鬼姫』だよ。『鬼』の組織のお姫様。お兄さんをぜったいぜったい、ぜ~ったい殺したいそこのお兄さんが残した最後の武器」


 国府津夜弦ぼくを殺すために、神崎元が残した最後の武器――。

 彼女は目線を落として神崎を見つめた。なにかを確認するそぶりのあと、僕を見た。

 そしてごく自然に、スライドを動かして弾を装填し、銃を僕に向ける。


「おにいさん、避けないと!」


 かみさまの叫びではっと我に返り、僕はカウンターの後ろに飛び込んだ。

 銃声とその反響音が直後に響く。

 一切の躊躇が無かった。

 無駄弾を撃たないのはありがたいが、そういえば彼女射撃のセンスは僕よりある。いくら素人とはいえ油断はできない。

 そもそも誰でも人を殺せるのが銃だからね……。


「……洗脳って本当だったんだな。いつもと様子が違った」


 神崎の敵討ち――といった風ではない。憎しみは怒りは感じられなかった。

 指示されたプログラム通りに動いている。そんな感じだ。

 僕らから逃げている間にあいつが姫香さんに吹き込んだ可能性は大きい。あの銃だって神崎が渡したのではないか?


「どうすればいいんだ……」

「おにいさんの時みたいに話し合いをしてみたら? あっ、聞く耳持たないでたくさん殴ってたね。ごめんね」

「……」


 記憶が戻ってすぐに僕が起こした事務所での騒動のことを言っているらしい。

 ちょっと混乱していたのもあったんだから蒸し返さないでほしい。どうにか丸く収まっただろ。被害はあったけど……。

 ごちゃごちゃと話している間にも足音は近づいてきている。

 かみさまの言うことを聞くのも癪だけど、今はそれしかないな。


「……話し合うか」

「駄目だったら?」

「暴力しかない」

「さいてー」

 

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