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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
十章 フラジャイル
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四話『また地獄で』

 『鬼姫』の足元で、ナツミが死んでいる。

 喉を引っ掻き、泡を吹き、その死に顔は平穏とは程遠い。

 ――神崎にとっては、もう用済みだったのだ。だから遅効性の毒を知らない間に飲まされていた。

 ナツミが、『鬼姫』を殺してしまう前に。


「……」


 感情のない目で『鬼姫』は屈み、彼女の懐から拳銃を取り出す。

 弾を入れているのは見ていた。だから今度はきちんと撃てるはず。

 そうして、ゆっくりと歩き出した。

 神崎元に言われたことを、果たすために。



 放たれた弾が僕の右腕をかする。大丈夫だ、まだ動く。

 足を思いっきり振り、神崎のわき腹に叩きこもうとする。が、腕でガードされてしまった。

 それでも感触はあった。軋んだ感触がした。折れてないにしろ、ヒビは入った。

 痛みはあったはずなのに神崎は至極冷静に僕の額に銃口を向けた。

 崩れ落ちるようにして避けなければ、たった今あたまに空気穴が開いていただろう。


 神崎に足払いをかける。分かっていたかのように、彼は倒れる勢いで身体をひねり、僕を殴って来た。ヒビが入っているはずの腕で。

 肩で受け止め、僕はこぶしを握って神崎の頬をぶん殴る。

 ああー、肩で受けるのは失敗した。鎖骨が折れたらさすがに腕が動かなくなる。幸いじんじんとするのみだけど。

 胸倉をつかみ上げ床に投げる。

 受け身を取りながら再び神崎は僕を狙う。

 足を振る。そのまま手首を蹴られたらと思ったけれど、避けられた。

 返す足で踏みこみ、奴の手を掴んだ。

 体勢が安定していなかったこともあり、逆に引き寄せられて手の甲に噛みつかれる。

 ぶちぶちと嫌な感触と共に、一口分持っていかれた。僕も僕で引きちぎる勢いで小指を引っ張った。さすがに引きちぎれなかったけれど折れる音がした。

 離れる。噛まれた手の親指の感覚が薄い。

 神崎がぺっと僕の一部と歯を吐き出した。


「ちゃんと味わえよ」

「養殖モノは好きでなくてね」


 軽口を叩いてはいるが、脂汗がにじんでいる。なんだ、ちゃんと痛いんじゃないか。安心した。


「今のお前、最高にかっこいいよ」

「はっ、クソ暗殺者が」


 気取った笑いよりもずいぶん親しみやすいツラをしている。

 まあ僕も同じなんだろうけどね……。焦りと疲労がにじんだような表情をしているのだろう。

 ……ああくそ、本当に疲れた。身体が重い。

 こんなコンデションじゃなければこいつなんて一分もかからず殺せたのに。


「万全なら勝てたって顔だな」

「……こころの中読むなよ気持ち悪いな」

「キチガイ戦闘マシーン相手に俺は勝てない。だから策を練った」


 血が失われつつあり、ときどき意識がふわりと浮く瞬間がある。貧血だ。


「お前に出来る限り休憩を与えず、体力を奪い続けた。雑魚でも束になってかかってくれば多少は疲れるだろ?」


 ……考えてみればそうか。

 岩木さんが死んでから、ちゃんと休憩を取れていない。ずっと衝動のままに動いていた。


「なるほどね……その結果ずいぶん味方が減ったじゃないか」

「味方じゃなくて駒だよ。国府津だって人間をそういう見方するだろ」

「まあな……」


 それは否定できないが。

 でももうちょっと人道的な使い方はするよ。たぶん。


 手の甲から溢れる血を口に含む。鉄の味が舌の上にぶわりと広がった。

 先ほどより遅くなった動作で神崎は銃を構える。 

 僕は、彼の顔に向かって含んだ血を吐き捨てた。


「!」


 反射的に彼は退避行動をとる。その隙が欲しかったんだ。

 今度こそ銃をつかみ取り、奪い取った。宙に浮かせ、グリップ部分を握り込む。

 まだ僕との戦闘で二、三発しか撃っていない。あと一発ぐらいはあるだろう。こいつを殺すぐらいは。

 神崎はさして慌てた様子もなく腰の後ろから拳銃を取り出した。

 ……ずっと僕に背を見せなかったのはそういうことか。

 こっちにはろくに準備させなかったのに、そっちは準備万端とかズル過ぎないか?

 まあ、それだけ僕らが脅威に思われているというのなら悪い気はしないけれど。


「じゃあまた地獄でな、国府津」

「悪いが僕は無神論者でね、神崎」


 間、わずか一メートル。

 僕と神崎は互いの額に銃口を定めた。


 静寂。息すらも止まる。


 神崎は笑う。

 僕は笑わない。


 きりり、と引き金を引く。

 銃声が響いた。



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