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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
十章 フラジャイル
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三話『完璧』

 ……なにか含みのある言葉に、嫌な予感がなかったとは言えない。

 ただ神崎はもう僕のメンタルをぐちゃぐちゃにしたいはずだからわざとそうしている可能性だってある。


「自我というのは、周りがいてこそ芽生えるものでね。一人では『個』として存在できない。おかしいよね、誰かといないと『自分という存在』が確立できないなんて」

「……?」

「たしかにお前の前ではお嬢は『城野姫香』だっただろうね。だけどそこに俺が現われちゃったわけなんだけど」


 困ったねえ、と髪を揺らして神崎はほほ笑む。

 言いたいことは分かっていた。だけど僕は、それを認めたくなかった。


「元通り」


 かみさまが隣でぼそりと呟く。


「元通りになったって言いたいのね、あのお兄さんは」

「……」

「あの子はもう『ひめかちゃん』でも『副所長』でも『城野姫香』でもない。『鬼姫』そのものになっちゃったってことね」

「姫香さんは、『鬼姫』じゃない」

「あなたのなかではね」


 かみさまはいやに冷たい声で遮った。

 僕の心の奥底にある、最悪な思考を読み取り暴露するように。淡々と、言う。


「あの子の中では『鬼姫』になっている――そういうことでしょう?」

「まだ戻せる」

「戻せないよ。いったいどれほどの年月をかけてお嬢を洗脳したと思っているんだい」


 僕とかみさまの会話が聞こえていたように――実際はそうでないとしても――神崎は僕の希望を否定する。


「お嬢が母親と暮らした年月よりも長く俺と過ごしているんだよ。俺が真面目に清く正しく彼女を育てていたと思っているのか?」

「どういうことだ」

「察しが悪いなあ。俺はいずれ、『鬼』の組織の頭を彼女にすり替えようとしていたんだよ」

「……そんなことを」

「出来るはずがないって? 結果的にはそうだった。まだ時期が早すぎたから殺されかけたけど、一応は実行したんだぜ? 本当に、若気の至りだよなあ」


 しみじみと神崎は言う。

 かみさまは何も言わない。僕も同じく、言葉が出てこない。


「傀儡なんだよ、あの子は。俺の」

「……」

「『鬼』はいずれお嬢をなにかに使うつもりだったんだろうね。それを横取りしただけだ。感情も薄く、考えもなく、言われたことをするだけのお人形に仕立てあげた」

「……」

「だからお前らが気に入らないんだよ。お人形を人間にしてどうする。人間であるお前らは良かれと思っているだろうけど、人形は所詮人形だ。そのまねごとをさせているに過ぎない」

「人形にしたのはお前だろう」

「だから? あんな環境で純真無垢で無邪気で元気で明るい子供が出来上がるとでも? これは一種の同情と親切だよ。人形にしてしまえばあんなところ『辛い』とも思わない。ただ惰性で生き続けることがお嬢にとっては幸せだったってことだけだ」


 間違えているとは言えない。もしかしたらそのほうが正しいことかもしれないから。

 だけど、今の――『城野姫香』を否定していいわけがないだろうが。


「ま、本当に人間みたいな自我を生んでいるとは俺もおもわなかったけどさ……」


 神崎はゆっくりと腕を上げる。

 僕は足に力を籠める。


「お前らの死体を見れば、あの子は完璧な『鬼姫』になれる」


 神崎が引き金を引くよりも前に、僕は奴に躍りかかった。

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