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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
十章 フラジャイル
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一話『終りにしよう』

 僕が吐き捨てるように返すと、神崎元は口元をゆがめた。


「振られちゃったな」

「むしろ脈ありだとでも思っていたのか」


 そりゃね、と彼は言った。


「お前の母親を殺して十二…三年ぐらいかな?」

「十四年だ」

「ああ、そんなに経つのか。俺も年を取るし、お嬢も大きくなるわけだよな」


 右耳が耳たぶを持っていかれただけでなく、ほかにダメージも受けたようでキンキンと耳鳴りがする。

 そうか―十四年か。当時の僕の年齢を追い抜かしていたのだなと今更ながらに思う。


「そのぐらいの年月を、自分のあっただろう人生を投げ捨てて俺たちを殺そうとしてきたんだろう? むしろ好きでなくなんなんだ、国府津の原動力は」

「人をなんかヤバい恋愛脳の人みたいにしないでもらえる?」

「違うの?」

「違うよ…」


 誠に遺憾なんだけど。


「むしろ僕、お前のこと大嫌いなんだけど。今だっていきなり死んでくれないかなって思っているもん」

「えー、両思いかよ。俺もお前のこと吐くほど嫌いだしこの場で首掻っ切って死んだらめちゃくちゃ面白いって思う」

「は? 月がきれいですねって言ったのに僕の事嫌いなのかよ」

「大好きでもあるよ」


 神崎は、整った顔を正しく動かし、正解のように完璧な笑みを浮かべた。

 自分がどんな表情を相手に見せているのか分かり切っているように。いや、現に分かっているだろう。


「しつこくて物わかりの悪い国府津は大嫌いだけど、ひとつのことに馬鹿みたいに食らいつく国府津は大好き」

「……」


 馬鹿にしてくれちゃってえ。


「僕はただ、お前らが生きていることを許せなかった」

「かわいそうだね」


 その同情を含んだ一言は、ひどく冷え切っていた。

 依然として彼はにこやかな笑いを浮かべていたが、目はまったく笑っていない。つまらなそうに僕を見据えている。


「本当にかわいそうだ。視野が狭くて、頑固で、周りが止めてくれなかったばかりに」


 神崎はカウンターから背を離し、まっすぐに立つ。そして僕の方へ二歩、進んだ。

 その動作を見て僕はわずかに緊張をした。耳元で聞こえる鼓動がうるさい。右ほおがぬるぬるとして気持ち悪い。


「これは親切心からの発言だけど、死んだ方がマシだよ、国府津」

「お前が死ね」

「話を聞きなよ。あとお前の方が死ね」


 小学生みたいなやりとりで嫌になってきたな。こいつと僕は同レベルの脳みそなのだろうか。もう少しこちらは上でありたいんだけど…。


「だってさ、生き残るとして国府津に何が残るんだ? 無為に殺しをしてきた時間が空白になるという事だよ」

「……」

「十四年間。十四年間だ。けして短くはないその時間で、国府津夜弦は何を為した? 何を生んだ? 何を育てた?」


 …僕は答えられない。

 突きつけられたのは、ずっと逃げてきたことだ。


「なにも――だろう?」


 耳に痛い。


「壊れたものは直せばいい。千切れたものは繋ぎ合わせればいい。だけどな、国府津。無いものは存在しない」


 きっと言いたくて堪らなかったんだろう。

 神崎は意地の悪い笑みに表情を変えていた。反論できるならしてみろと言わんばかりに。


「俺を殺しても母親は蘇らない。分かってるはずだ。無駄だったんだよ、おまえのしてきたことは」

「知ってるよ」


 僕は返す。


「何回何十回言われてきたか分かんねえよ。無駄だ、意味がない、母親が喜ぶと思っているのか――そりゃもう言われたさ。だけど僕は止めるつもりはなかった」

「なんで」

「始めてしまったからだよ。母さんの命を奪われ、国府津のプライドを傷つけられ、僕のなにかを壊した。報復を始めてしまった」


 父さんは、組織を潰したいと息巻く僕を強くは止められなかった。

 次期当主を果てしない危険に晒すという愚かしい判断を取った――と、僕の事を知っている人間からは思われているだろう。確かにそうなのだ。だけれど彼もまた妻を奪われ…言い換えれば、国府津の人間を易々と殺された事実に何も思わないわけがない。

 襲撃した組織を潰したい気持ちと、殺意に塗れ壊れていく息子をどうにかするため、最善にして最悪な手段をとった――それが暗殺者としての僕だ。

 まあ、あの人も大概正気ではないんだろうな。諜報部の当主なんて正気でやっていられないけど。


「僕の人生を棒に振るのは最初から承知の上だ。そんなの怖くて暗殺者なんてやってられるかよ」


 ちょっと怖いんでしょ、とかみさまが耳元でささやく。

 うるさいな。かっこつけさせろよ。


「始めた以上、終わらせないと」


 だから。


「――お前を殺さないと、終われないんだ」

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