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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
九章 ヘルタースケルター
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十.五話『それぞれの戦い』

「くっそ…」


 過呼吸一歩手前の荒い息を繰り返しながら、前原はたった今事切れた男から手を離した。

 室内に侵入しようとして失敗し床に転がった死体をまたぎ、そっと外を確認する。やみくもに撃ちこんだ弾が幸運にも敵の数を減らしていたらしく、うめき声はあるものの立っているものはいない。

 死体を外に転がしてドアを閉める。近くの机を引っ張って来て簡易のバリケートとした。

 このまま廊下に出てひとりひとり息の根を止めていった方が安全ではあるが、そこまでするほどの体力は前原にはもう残っていなかった。それどころか増援が来たらもうなすすべがない。とっくに弾切れを起こしている今、対抗する手段は――無い。


「俺もう五十見えてるって年なのにどうしてこんな重労働しなきゃならねえかなぁ…」


 ぼやきながらパソコンに向かう百子の背中を見た。

 あれほどまでの騒ぎの中を、彼は一切反応もせずにただひたすらに画面を眺め、時折キーボードをたたいている。

 最初に死体を見ていた時のように怯えるかと思えば無関心そのものであった。そこだけまったく違う世界であるかのように。

 分かることと言えば、先ほど電気系統を復帰させたことぐらいだ。これであの戦闘チームも戦いやすくはなっているだろう。

 よほど大変なことが起きているのだろうなと思いながら前原は静かに外の様子を伺う。物音はしない。


「…ケンくん達は、勝つでしょうか」


 ぽつりと、不安げな声が聞こえた。

 そちらを向くと変わらず百子は前原に背を向けている。


「むしろ負ける要素が見当たらないだろ」


 夜弦も咲夜も殺人のための技術を叩きこまれてきた人間だ。そこらにいるようなチンピラなど苦もなく制圧してしまうだろう。

 城野は不安要素こそあるが場数は踏んでいるらしい。無茶な戦い方はしないと信じていた。

 ――それも、平常時の話だ。

 全員、どこかしらペースを乱されている。偶然が重なった結果なのか、神崎の計略かは不明であるが…。


「あたし、怖いんです。このままヒメちゃんが向こうの手に落ちて…夜弦くんも、さっちゃんも、ケンくんも、みんな戻らなかったら」


 声が震えている。

 手を強く握りしめて、彼は言葉を絞り出す。


「どうすればいいの…? あたしだけが、安全なところで、守って貰えて、戦わなくて…」

「ここは安全でもないし、守ることだって椎名さんが気に病むことではない」

「でもっ! あたしは、あたしは死ぬような戦いをしていないんです! それが…それが、申し訳なくて…」


 命がけの戦いを目前にし、自分の立場を恥じてしまったのだろう。

 前原はその気持ちが何となく分かる。死と隣り合わせの仕事に行く同居人を見送るたびに、ずっと感じていた。


「俺からすれば、サーバー戦争みたいなことを現在進行形で行っている椎名さんが『申し訳ない』って思うのが不思議だけどな。舞台こそ違うが命かけていることには変わりないだろう?」

「でも…」

「それに、俺たちは戻ってくる場所なんだよ。あいつらにとって」


 同居人に聞かれたら『似合わない顔して何言っているんですか』と笑われてしまいそうだ。


「その戻ってくる場所がどんよりしていたら、嫌だろ。笑顔で出迎えてやらなきゃ」


 百子は振り返った。

 潤んだ瞳で、ほほ笑む。


「ありがとうございます。あたしは、あたしなりの戦いを――します」

「おう、そうしろ」

「『国府津』も同じようなサーバー攻撃に遭っているみたいですし…巻き込もうとおもいます」

「は?」


 憑きものが落ちたようなすっきりとした表情の百子に、前原は言いようのない不安を覚える。


「おい、それは――『国府津』の当主が見返りに何を求めてくるのか分からないぞ! あいつマジで人でなしだから!」

「諜報部『鴨宮』の当主に喧嘩売っているんだから、ここはノンストップで他にも喧嘩売っていこうかなと」

「なんだその思い切りの良さ!」





「キリがねえ!」


 城野が叫ぶ。背中合わせになっている咲夜は汗ばんだ顔をしかめる。


「ゲームでも無限湧きは頭に来ますが、現実だと本当にいやらしさしかありませんね!」


 咲夜の義手がぎちぎちと嫌な音をたて、焦げ臭いにおいを発している。

 稼働限界を迎えたのだ。戦闘用モデルとして作られてはいるが、試作品段階のものなので長期の戦闘は想定されていない。

 咲夜も今までこんなにも酷使するような戦闘は多くこなしておらず、義手に想定以上の無理をさせていた。

 このままではまずいと危機感を覚えた矢先だ。


「っ!」


 義手の内部でヒューズが飛んだのか、小さな破裂音がする。

 指や手首の関節が全く動かなくなる。


「こんな時に…」


 歯を噛みしめる咲夜へ、今がチャンスとばかりに敵が踊りかかる。

 彼女は右手で肘関節部を強く押して何らかの操作をした。義手自体が持つ熱に手を焼かれて咲夜は唇を噛む。

 ――ごとり、とカラフルなコードを引きずりながら手首が落ちる。


「…は?」


 敵が一瞬動きを止める。

 その隙を逃さず、咲夜は義手をその頭に向けた。ぽかりと空いた穴が――22口径が、覗く。


「え?」


 軽い発砲音と共に敵の眼球を弾が貫いた。

 その様を見ていた城野は「コブラじゃねーか」とつぶやいた。


「これ、再装填できないのですよ」


 そう言いながらさらに操作すると、肘から先すべてが地面に落ちた。

 義手だと分かっていた者、分かっていなかった者、すべての視線が義手の残骸に注がれる。

 用を果たした金属が転がる様はグロテスクであった。――血と肉塊の中で無機質な輝きを放っているのが、なおさらそう思わせる。

 そのまま、彼女は腰に指していた直刃――いわゆる忍者刀を取り出して残った義手の部分に押し当てた。

 最初からそう設計されていたらしく、ガチンとそれは嵌まる。


「夜弦兄さんに追いつかないと」

「そうだな」


 焦りを押さえつけて、彼らは武器を構えた。  

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