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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
九章 ヘルタースケルター
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九話『心を鬼にする』

 僕らは二階にたどり着く。

 このまま下がるか、立体駐車場へ行くかの分かれ道だ。

 百子さん…には通信がつながらない。もしかしてこの分岐で惑わせるためにこんなタイミングで管理室を襲わせたとかじゃないだろうな、神崎。


「駐車場から下に行った方が早いんじゃねえか」


 所長は言う。


「もし空振りとしてもそのまま降りていけば、建物の出入り口に繋がる」

「そうですね…」


 ならば、と僕たちは駐車場へと駆けていく。

 店と駐車場の境目にある自動ドアはこじ開けられていた。その先に予想通りというべきか、男たちが待ち構えている。

 金属バッドにバールにゴルフクラブ…人を殴るためのものじゃないだろうに。物騒なことだ。

 一気に僕たちの方へ突っ込んでくる。


「咲夜、そこで引き付けて。所長、ちょっといいですか」

「何だ?」


 あちらからは死角になる場所、自動ドアのすぐそばに券売機がある。

 倒れたら半分ぐらいはドアを防ぎそうな大きさだ。その端を僕は掴む。


「まさかと思うが、倒すんじゃないだろうな!?」

「そのまさかですよ! 咲夜、タイミングは君が出せ!」


 呆れた表情をのぞかせたが咲夜は大人しく頷いたあとに構えた。

 相手からすれば、男ふたりが突然いなくなって若い女だけがぽつんと立っているように見えるだろう。

 どうしてなのか気付かないバカであってほしいんだけど…。


「…今です!」


 バカでよかった!

 全身の力を込めて券売機を引き倒す。我先にと飛び込んできた男ふたりが下敷きになる。骨が割れるような嫌な音がした。

 僕は券売機を踏み越えて手近な男の顎をぶん殴る。追いついた咲夜もナイフを振るって血しぶきを幾多も上げていく。

 多いな…。三十人はいるかもしれない。どうしてここだけ? やはりこの先に逃げていったのか?


 ひざで顔面を砕き、肘で喉仏を強打し、噛みつき、目を潰す。

 迫りくる敵を返り討ちにしながら僕は周りを見渡す。

 視線を外した場所から拳が飛んできて僕の頬を殴る。ああ、邪魔だ。その腕を引っ掴み折り曲げた。悲鳴をあげた口の中へナイフを刺しこむ。

 いない、いない、どこだ、姫香さん!

 あのまま下へ行ったのか!?

 焦りで手元が狂う。バールが振りかぶられたと気付くのに、すこし時間がかかった。


「ツル!」


 いつの間にか奪ったらしい金属バッドを盾に、所長がバールを受け止めた。


「ぼうっとしてんじゃねえぞ!」

「姫香さんがいないんです! 下かもしれない!」


 ぎりぎりと金属バットと擦れ合うバールを掴んだ。持ち主はまさか二人がかりで来られると思わなかったのかぽかんと間抜けな顔をする。

 引っ張るとさすがに簡単に奪わせてはくれないらしく抵抗される。その腹に蹴りを入れると手が離れた。そのままバールをこめかみに振り抜く。


「銃使ってください! 出し惜しみしている場合ではないですから!」


 咲夜が叫びながら発砲する。

 ひとり、またひとりと減っていく。十を切ったころ、後ろでバタバタと音がした。

 振り向くと僕らが通ってきた場所から増援がわんさかと現れている。

 ――キリがない!


「…夜弦兄さん、行ってください!」

「は!?」

「これは確実に足止めです! 終わった後にはもう奴らはとっくにここから離れています!」


 彼女はマガジンを床に落とす。その間に所長が援護射撃を行う。

 銃声の合間に咲夜の切羽詰った声が響いていた。


「所長と! 行ってください! ここは私がどうにかしますから!」


 無理だ。咲夜は瞬発性に優れた戦闘スタイルだけど長期戦には向いていない。

 この人数をひとりで相手にするのは無謀が過ぎる。

 だけど、そうだ…ここで時間を潰している場合ではない。


「僕ひとりで行く! 所長! あなたもここに残ってください!」

「兄さん!」


 取っ組み合いながら咲夜は睨みつけてくる。


「また、また一人で戦いに行くのですか!」


 僕は彼女にのしかかろうとする敵のわき腹にバールを潜り込ませ、かき混ぜた後に引きだす。


「一人ではないよ。みんな、ここまで負担を減らしてくれたじゃないか」


 バールの両端を掴み、所長に気を取られている敵の首にまわした。そのまま引き寄せて折る。


「そのぶんまだ僕は戦える。それに、誰かを守りながら戦えないんだ。下手すれば巻き込む」

「俺だって…っ」

「だから、僕は先に行く! ふたりはあとから追いついて来て加勢してくれ! 絶対に!」


 愚かな判断だとは自分でも分かっている。

 自分一人で戦おうとしたから記憶を失う羽目になったのに、それを学習していない。

 だけど――神崎は卑怯な手を使うはず。所長と共に追ったら、あいつはきっと所長を殺す。僕の心を折ろうとしているやつだ、そのぐらいはする。


 咲夜は苦虫をかみつぶしたような顔をしたが、それ以上何も言わなかった。

 止めても無駄だと察したのだろう。いつも苦労をかける。


「ツル! 焼肉食べ放題行くからな! 事務所で!」


 真っ直ぐに敵を見ながら所長が言う。


「腹、空けておけよ!」

「飲み放題も頼みますからね!」

「アルコールのな! 行け!」


 僕は最後の手伝いとしてバールの先端部分を敵の心臓に突き立てる。

 大乱闘の場をあとに、僕は駐車場を駆けていった。

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