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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
九章 ヘルタースケルター
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七話『鬼の所業』

 咲夜と位置を交換するように、巨体の男を目の前にした。

 わずかに恐怖を感じる。

 恥ずかしいことではない。生きる上で必要な感情だ。

 二年前の僕に足りなかったのは、そういう――生存本能だと思う。


 ――あの時の僕は生きて帰ろうと考えてなかった。

 ただ『鬼』を壊そうとして、おかあさんの仇討ちをしようとしていた。そこに、僕の命は含まれていなかった。

 だから、僕はあと一歩のところで届かなかったんじゃないかな。

 死に物狂いで生きている人間に、ぼんやりと生きている人間が敵うわけないんだから。


 上段から落ちてくる鉄パイプ、僕は済んでのところでそれを避けた。

 重く鈍い音を床が悲鳴のように上げる。先端がぶつかった個所がへこんでいた。わあ、怖い。


「銃は渡してもらわなかったの?」


 僕は挑発をする。


「神崎にそういう原始的な武器が似合うって言われたのかな」

「――武器がひとつだけだと思ったのか? このぐずが」


 ああ、馬鹿でよかった。図らずともあちらから手の内を出してくれた。

 巨体の男は無事なほうの腕でズボンから拳銃を取り出す。

 …暴発とか気にしないのかな。神崎、もうちょっと取り扱いについて話をすべきだったんじゃないか?

 僕も素早く拳銃を相手に向け、引き金を引く。発砲。肩を通り過ぎただけだった。ああもう、こんな場面で!

 一瞬肝を冷やした表情をしていたが、僕がノーコンだと悟ったらしい。男はニヤリと笑った。そして僕に銃口を向け――


「ツル!」


 叫び声と、肉が爆ぜる音。

 男の、拳銃を持っていた腕が抉れた。

 見るまでもない。所長の援護だった。どれだけコントロールがいいんだあの人。


「僕の事はいいので!」


 危ないところではあったが、所長はこの中では一番素人だ。

 武器も体力も温存しておいた方がいいに越したことはない。


「ちくしょう、この、ぐずが! 殺す! 絶対に殺す!」


 痛いのに喋れてすごい。僕、腹を撃たれた時、息を吸うのもやっとだったんだけど。

 慣れていても痛いものは痛いんだよな。

 鎮痛剤をバカスカ打っていけば痛みを感じずに戦うことができるのだろう――か?

 いや…痛い・・とは・・言っていない・・・・・・

 過去に『鬼』は覚せい剤関係の商売もしていた。そのつながりが今も生きていたら…?


 何か妙だと思っていた。

 確かに僕らは少人数だけれど、明らかに武器を持っている人間たちにこんなに群がるものか?

 僕を殺せばおいしい報酬エサがもらえると神崎は言い含めているはずだ。

 だけど、こんなに仲間が殺されて行っているというのに殴りかかれるものかと言われたら…。

 まるで恐怖が薄められているような。


「悪趣味っていうか、狡猾だな…」


 神崎は――自分が勝つためなら部下にも平気でクスリをやらせるのか。

 まあ…僕をおびき寄せるために岩木さんたちを殺したり所長を誘拐するもんな。そのぐらいはするか。


 男は、肉が露出した腕で鉄パイプを握り直し、今度は横なぎに振る。

 とっさに屈んで避ける。蹴りが飛んできた。僕も体勢を立て直しつつ、かかとを相手の膝に落とした。砕けた感触。膝の皿が割れたのだ。

 他の骨に比べると比較的柔らかい部位にして歩行に重要な部分であるそれは、破壊されることによって巨体を支えられずに体勢を前へ崩す。

 押しつぶされる前に逃げる。倒れこむと同時に巨体のせいか床が揺れたような気がした。

 起き上がろうとする手の甲を僕は踏みつけた。男は睨みつけてくる。ああ、痛みを感じにくいから効果ないのか。

 自由なほうの手で払われる前に、手首へ移動させて全体重を乗せるとバキンと骨が折れる音がした。


「ぐずがぁああっ!」

「それしか言えないの?」


 僕は髪を掴んで床にたたきつけた。


「いや、正直さ、所長があんなにボロボロになっているとは思っていなくてびっくりしたんだよね」


 なんとなく僕の中で所長は強いイメージだったので、再会したときのボロ雑巾みたいな有様に驚いてしまった。


「縛ったまま殴る蹴るはひどくない? ずるいよそれは、抵抗が出来ないのに」


 もう一度床に叩きつける。


「ねえ? 今の君みたいにさ」


 叩きつける。

 鼻が潰れたようだ。

 僕の手を引き離そうとする腕の関節にナイフを突き立てて捻り、神経を切る。だらりと力を無くした。

 叩きつける。

 これで、ええと、四回か…。まだ足りないかな。痛みがないならこれ以上やっても意味がないんだよな。


「所長、仕返しします?」


 あたりを見回してみるとほとんど片付いたらしい。咲夜、強くなったな…。

 強くならざるを得なかったんだろうけど。ほぼ僕のせいだろう、申し訳ない。


「いや…いいよ。あんたに任せる」

「そうですか」


 僕は心臓を二回刺す。噴水のように血が噴き出た。

 慌てて避けたけど、顔と服に少しかかった。

 かみさまの最期を思い出して嫌な気持ちになる。当の本人は視界の端でニコニコしているけど。


 ――さて、姫香さんたちを追わないと。


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