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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
九章 ヘルタースケルター
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五,五話『天邪鬼』

 椎名百子は目の前のディスプレイを睨みつけていた。

 『鴨宮』が現在受けているサイバー攻撃、その攻防戦を横から眺めている形だ。流石に国家諜報部だけあって持ちこたえているが――それも相手が新しい突破口を見つけるまでだ。

 目に見えない戦争と言っても過言ではない。


「……」


 出入り口付近で敵を警戒しながら、前原は黙って百子を伺っている。

 足音の一つにも注意して彼は再びドアのほうを向いた。


 ――このサイバー攻撃は、鴨宮三四子と五十鈴によると四家会議襲撃と同時に始まったとのことだ。

 まったくの偶然ではないだろうと百子は思案する。

 襲撃犯とハッカー集団、その上に立つのが恐らく神崎元という男。

 どのような目的があって国家の暗部に手を出したか定かではないが――神崎が『鬼』というのなら少しだけ納得もする。


 かつて『国府津』を潰そうと『鴨宮』は、『鬼』を使った。それが十数年という時を超えて国府津夜弦に壊滅させられた。

 逆恨みも甚だしいが、『鴨宮』に報復しようとしてもおかしくはない。

 『国府津』は言わずもがなだ。母親を殺されて三つの組織を潰して回ったキラーマシーン、その実家。

 本人に聞かない限り分からないとはいえ、考えずにはいられない。

 どうしてこんなに大規模に喧嘩を売ってくるのか。

 百子は神崎という男を知らないが――なんとなく、とてもくだらない理由な気がした。


 再びディスプレイに意識を戻し、状況が変わっていないことを確認して三四子に通話を繋げた。


「みっちゃん。防衛戦だけでは埒が明かないよ」

『分かってるよっ!』


 百子も戦果に苛立っていたが、三四子も同じらしかった。

 攻撃の一つも行わずに防いでいるのみだ。早く核を潰してしまわなければならないのに、妙に動きが遅い。


『当主からの指示がなければ勝手には動けないの! それに、わたしは五十鈴が命令したところで動かない部下は出てくる!』

「こんな非常事態なのに?」

『こんな非常事態なのに!』


 よくもまあこれで国家諜報部の一席に座れてきたものだと頭を抱えそうになる。

 『鴨宮』に良いところは上の指示には絶対だが、ひっくりかえせばそれ以外の指示を聞くことは少ない。当主の座というのはそれだけ絶対的なものだ。だからこそ一樹は百子に座を取られないように躍起になっている。


「ご当主さまは何をしているの?」

『小杉を殺した奴の身辺を洗えって騒いでる…』

「あの馬鹿野郎…。それで、ほかの家の人たちは?」

『幸か不幸か全然かまっていない。『国府津』もサイバー攻撃受けているし、『真鶴』『湯河原』も自分とこが無事か確認中』

「はぁ…。これ以上『鴨宮』の地位を下げられるのは困りものだね」

『どうしよう……』


 電話の向こうで三四子が泣きそうな声色になる。

 こういう時に即座に慰めに入る五十鈴は、恐らく実家との連絡で忙しいのだろう。役に立たない当主の代わりに出来るところまで指示しているはずだ。

 百子は監視モニターの映らない三階の一角を見る。

 もう戦闘に入ったのだろうか。城野たちは無事救えたのだろうか。そんなことを考える。

 彼らは身を危険にさらして死地に向かっていた。ならば、己も死地に飛び込むぐらいはすべきだろう――と百子は決心する。


「三四子。今から君のスマホをハッキングして通話するから、当主に渡してくれ」


 そうすれば三四子は百子と接触していたことを責められることはないはずだ。

 どうして三四子なのかと思われてしまうだろうが――それは、彼女が上手く言い訳するだろう。


『…何をするの?』

「これから分かるよ」


 百子は一度電話を切ると、自作したアプリをいくつか使いハッキングする。三四子がセキュリティレベルを下げてくれたのかあっさりと侵入することが出来た。

 生唾を呑みこみ、百子は通信する。十数秒後に、繋がった。三四子が一樹に押し付けているのか、押し問答が聞こえる。


「――ごきげんよう、『鴨宮』当主様」

『なっ…百樹か!?』


 懐かしいけど懐かしくない名前だな、と感傷に浸りつつ続ける。


「当主様、サイバー攻撃を受けていることは存じ上げていますか?」

『なんのようだ…お前に構っている時間なんてない!』


 律儀に通話を切ろうとしているらしいが、それはこちらに操作権があるようにしたので無理だ。

 育ちがいいのですぐにはスマホを床にたたきつけないだろうが――手短にしなくてはと百樹・・は言葉をまとめる。


「誇り高き『鴨宮』がサンドバッグ状態とは嘆かわしい。何をしておられるのですか、当主様?」

『……っ、小杉が殺された! それどころではないんだぞ!』

「それどころではない? 人一人死んだ・・・・・・ごときで・・・・家を潰すおつもりか!」


 夜弦が脳裏に掠める。

 始まりは、たった一人の死だった。


『貴様ァ…!』

「おまえは冷たい肉袋と仲良しこよししていればいい、一樹! ぼくに今すぐ当主の座を渡せ! 今のおまえみたいな役立たずより、ぼくのほうがこの事態を収拾できる!」


 酷い言葉を吐いている自覚はある。

 きっと先代所長が聞けば腹を抱えて笑っていたことだろう。


『言わせておけば――』

「嗚呼、『卑劣』の二つ名を持つ家の当主のくせにずいぶんセンチメンタルなことだな一樹! もう小杉はいない! いつまで縋り付いているつもりだこの弱虫野郎!」

『百樹に、百樹に何が分かる! 小杉は俺の唯一の理解者だったんだぞ!』

「知るか馬鹿!」


 こんな男に二回も殺されかけたことが無性に腹ただしくなってきた。


「後で悲しめ! 喪失感に酔ってハッカーにすべて情報取られましただなんて末代までの笑いものだ! ふざけんじゃねえ!」


 こんなことを言おうとしていたわけではない。

 歯止めが聞かない。

 三四子と五十鈴を守る為に、どうにかしたいだけなのに。

 感情にままに口走ったところで時間の無駄だと良く分かっているはずだったのに。


「戸籍も名前も変えられて、女学院に押し込められて、毒は飲まされるわテロリストに殺されかけるわして――そこまでぼくを苦しめてきた家が! 不甲斐ない間抜けな当主が泣きべそをかいている間に壊されましたなんてこと、あってたまるかよ!」


 ずいぶんと物言いが城野に似た。八年も共にいたのだ、当然かもしれない。


「ぼくに当主の座を渡すか、それとも今から好き勝手やってやがるハッカー野郎のママの名前まで暴きに行くか――どっちがいい!」

『…覚えていろよ百樹。おまえの言動を反逆と見做すからな』

「すべてが終わったらなんでもしてあげるよ。それよりここからどうすればいいかエスコートしようか?」


 答えは帰ってこなかった。

 三四子に突き返されたらしく、小さく『一樹お兄様…』とつぶやく声が聞こえた。

 ――百子は通話を切り、深く息を吐く。


「出来ない弟を持つと大変だな」

「おかげで兄がしっかりしないといけないから勘弁してほしいですよ」


 それまで息をひそめて見守っていた前原に、百子はほほ笑んだ。

 表情を切り替えディスプレイに視線を戻す。突然、鴨宮側が攻撃にまわった。


「それより夜弦くんたちは大丈夫でしょうか…」

「平気だろ。あいつら、デスゲームに突っ込んでも平然と帰ってきそうだから」

「否定はできないのがなんとも…」

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