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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
九章 ヘルタースケルター
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四話『鬼を酢にして食う』

 二階と三階にも少人数とはいえ待ち伏せがあり、僕らは片付けていく。

 戦力的にはそこまで強くはないことと飛び道具を持っていないやつがいないのは幸いだけど、なにしろ数が多い。一気に大量に来られてもそれはそれで困るんだけれど…なんていうのか、永遠ともぐらたたきをしている気分になってしまう。


『そこは三階北エリア。まっすぐ行けば南エリアにつくよ。やっぱり南はエラーで見えないや…』

「いえ、ありがとうございます」

『ん…まっすぐ進むと五人の敵がいる。今いるところの角を曲がれば、遠回りになるけど誰にも会わないよ』


 僕は咲夜を見る。

 任せます、と彼女の唇が動いた。消極的というよりは、意見が割れることを恐れての事かもしれない。

 こんなところで揉めても時間の浪費でしかないしな。


「遠回りで」


 神崎が近いなら、気付かれないうちに接近してしまいたい。

 せめてこれぐらいは先手を打ちたい。


「どうせ後でみーんな殺しちゃうもんね。先か後かってだけだもん」


 かみさまがにこにこと笑う。

 結局君もここまでついてきたんだな。いや、僕の幻覚だからどこにだってついてくるだろうけど。

 願わくば、僕の集中力を乱さないでほしい。 


『うん、分かった』

「…『鴨宮』は大丈夫そうですか?」


 正直四家会議がどうなったかも気になるのだけど。

 父親のそばには夜風兄さんと華夜姉さんがいるから無事とは思う。あの二人は強いから。

 問題は秘書を失った鴨宮当主だ。

 まあ、当主が無事ならあとの犠牲はないようなものなんだけどな――と考えて、父親とおんなじ思考であることに気づき嫌悪する。次期当主としては間違えていないとはいえ。


『…どうなんだろうね。通信は繋げておくから、少しこちらの事やっても平気?』

「大丈夫です」

『ありがとう』


 どちらにしろ今から行くところは監視室からは見えない。

 抜け出した後にまた助力願おう。


 僕と咲夜は無言のまま、早足で歩いていく。

 百子さんの言っていた通りこちらには敵はいない。逆にそれが不気味だ。確かにこちら側には階を移動する経路はないとはいえ、一組ぐらい配置したほうが安心ではないかと思う。人が足りなかったのか、意図的か。南エリアに人を固めている可能性もあるな。

 次の曲がり角の先が明るい。暗い館内の中でそれはとても目立っていた。微かに話し声も聞こえる。

 誰かがいるのは確定だ。


 僕らは一層息と足跡をひそめて曲がり角のすぐそばまで移動し、止まる。

 咲夜がデンタルミラーを取り出して角の先を映した。頷いた後に、僕に手渡した。僕も同じようにする。

 ――円になった人たちの中央に誰かがいるな。位置をずらすと、人々の足の間に青が見えた。今朝、所長が来ていた服の色だ。

 床に倒れているようだ。…生死は不明。


 手振りで僕は指示をする。「奇襲をかける」と。

 頷き、咲夜は発煙筒を取り出す。もしかしてだけど、車から持ってきたのかな。なんだっていいな。


 彼女は発煙筒の先端を擦り煙を出す。そして円陣へと放り投げた。

 風のない室内だ、すぐに辺りは煙で満たされる。

 僕は飛び出した。

 突然のことに茫然としている男の足を崩し、首の骨を折る。すぐ横にいた男のみぞおちを殴る。前かがみになった時を狙い、顎をアッパーで殴る。

 敵の胸に深くナイフをねじ込みながら咲夜は「所長を!」と言う。僕はその言葉に素直に従った。

 煙の中を懐中電灯で照らしながら所長を探す。彼はすぐに見つかった。


 暴行を受けたのか全身がボロボロだ。口からは血が出ている。舌でも切ったかな。

 それでも、生きている。――間に合った。


「確かに僕の知らないところで死んでくれとは言いましたけど、いくらなんでも早すぎません?」


 素直に心配の言葉をかけるのが気恥ずかしくなって、軽い言い方となってしまった。

 所長は唇を吊り上げて笑う。


「…待ちくたびれたぞ、ヒーロー」


 そんな器ではないですよ、僕は。

 煙の向こう側で咲夜が戦う音が続いている。僕も早く合流しなくては。


「所長、申し訳ないんですが脱出まで一緒に戦ってください」

「できるところまではやる。とりあえず手錠外してくれ」


 手錠か…。鍵はどこにあるのだろう。

 鍵開けは咲夜の方が得意だが、今そんなことで注意力を割かせることはできない。

 ならば手段は一つか…。

 拳銃を取り出し、鎖の部分に押し付ける。感触で分かったのだろう、所長が慌てた声を出した。


「え? 何してんだツル!?」

「動かないでください」


 これだけ至近距離なら間違えて所長を撃つこともない。ないよな?

 神にも祈るような気持ちだ。

 そう思いながらわずかに視線を上げると、かみさまがけらけらと笑っていた。ああそうさ、困った時の神頼みだ。


 一思いに引き金を絞る。

 発砲音と共に金属が割れる音がした。成功した。鎖だけが千切れている。


「手錠自体はまた余裕が出来たら外しましょう。これとこれ、所長が使ってください」


 所長を立ち上がらせ、武器を渡す。

 彼は何かを言いたそうな顔をしていたが、止めたらしい。


「ヒメは神崎と一緒だ。気を付けろ、あいつの周りは銃を持っている」

「なるほど、分かりました」


 なら神崎も持っているだろうな。それが分かっただけでも助かる。

 僕はサバイバルナイフを取り出し、今まさに僕たちに襲い掛かってきた男の下腹部に突き立てた。


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