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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
九章 ヘルタースケルター
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三話『鬼の霍乱』

「――館内の電気は意図的につけられていないみたい。わざわざつけても外部が怪しんじゃうからかな」


 百子さんは制御システムを眺めながら、独り言のように話す。

 その声は震えていた。

 当たり前だ、この中で一番常識的な感性の持ち主なのだから。目の前で拳銃自殺、いやこんなに死体があれば狼狽えるに決まっている。

 それでも弱音ひとつ吐かないで情報を引き出してくれていた。


「エレベーター電源は入れられていないね」

「使う予定ないのでそのままで。敵の配置は分かりますか?」

「うん。防犯カメラに暗視機能もあってよかった」


 死体を部屋の隅に寄せ、僕は最後に藤岡の目を閉じさせてやる。ついでに武器ももらっておいた。


「一階から三階、すべての階段や出入り口に五、六人ほどいるね。三階南エリアと屋上駐車場は…エラーが出て見れないや」

「わざとそうしているんでしょうね。所長と姫香さんは見つかりましたか?」

「ううん…いないの」


 なら、その三階南エリアと屋上駐車場のどちらかにいるんだろうな。

 これで神崎も城野義兄妹もいませんでしたなんてやめてくれよ…。


 咲夜から咽頭マイクを受け取り装着する。久しぶりなのもあるけど、締め付ける感覚が苦手なんだよな。

 そんなわがまま言っている場合ではないけどね。これがあれば百子さんたちから館内の状況をノータイムで聞けるし、万が一咲夜とはぐれても連絡を取り合える。

 彼女と互いの装備を再確認する。うん、異常なし。


「じゃあ、行こうか」

「はい」

「百子さん、前原さん。ここはお願いします」

「うん。二人をよろしくね。…気を付けて」

「武運を祈っている。咲夜、また後で」

「ええ」


 軍用ライトを片手に、僕らは暗闇の中へと歩き出す。

 足音も出来る限り消して進んでいく。


『その先、角を曲がってすぐの非常口付近に人が居る。六人…七人?』


 百子さんが自信なさげに言う。

 人数はひとりふたり違っていても問題はない。ただ倒せばいいだけだ。

 咲夜が目配せしてくる。僕は頷いた。


 角を曲がる前に彼女は懐からナイフを取り出す。大ぶりの、普段愛用しているものだ。

 一呼吸置いた後に、咲夜は飛び出す。僕もその後ろからライトを照らす。

 突然の来訪者と光に敵は驚いたようだった。一斉にこちらを見る。


 咲夜はまず一番近くにいた男に飛びかかり喉を掻き切ると、勢いのまま横にいた男の心臓に刃を突き刺す。

 とっさに動いた男に気づくと顎に頭突きを食らわせて行動不能にしたのち、その後ろにいた奴も道連れに押し倒した。ナイフを持つ手とは反対の手で腰からサイレンサ―付きの銃を取り出し、胸に三発食らわせる。

 仕上がった二体の死体を踏み越えて殴りかかってきた人間の拳を屈んで避け、咲夜は相手の空いたわき腹に数度ナイフを突き刺す。怯えて逃げようとした男を僕はライトでぶん殴り、そのまま首を抑え込んで折った。


「詰めが甘い」

「…すいません」


 僕もたまにやってしまうのは棚に上げて、咲夜にそう言うと肩をすくめていた。

 そんなに大きな物音も悲鳴も上げさせなかったから良しとするか。

 用は済んだので階段へ向かう。『いるよ、四人』と百子さん。


「これを抜けたら駆け上る。一気に三階まで」

「了解」


 そこで会話は途切れるはずだった。

 だけど、珍しく咲夜は続ける。


「夜弦兄さん。恐らくこれからお話しできなくなると思うので、言っておきます」

「手短にね」

「私、この戦いが終わったら同居人と結婚するんですよ」


 僕たちの話は百子さんにもいっているので、イヤホンから盛大にむせる音がした。

 かくいう僕もひゅっと息を飲みこんだ。


「はい!?」

「結婚と言っても、フォトウェディングですが」

「いや――いや、それ今言う!?」


 僕それ他の人から昨日聞いたし、数時間後に婚約者もろとも殺されていたんだぞ!


「今だから言うんですよ。夜弦兄さんも、見たいと仰っていたではありませんか」

「あ…まあ」


 まだ僕が記憶喪失になる前、咲夜が国府津のセーフティハウスから前原さんと同居することになった時。

 どうせなら籍を入れてしまえばどうかと言ったのだ。咲夜は偽造の戸籍しかないけれど、入籍ぐらいなら僕でも根回しできる。

 そしたら「次期当主より先に結婚というのも…」と良く分からない理由で断られてしまった。別にいいのに。

 僕はその時に「妹分のウェディングドレスは見たいから、その時は呼んでよ」なんて言っていた気がする。

 みんな、僕と交わした約束をちゃんと覚えているんだな…。


「だから、私の晴れ姿を見るぐらいには――人間の形を保っていてくださいね」


 遠まわしな戒めと心配なのだと、気付いた。

 素直に言われても僕は突っぱねてしまうから。かつてはそうだったけどもうそんなことしないよ。いや、これが日ごろの行いってやつか…。


「…僕、そんな無茶な戦いをするように見える?」

「逆に聞きますがあなたは今まで無茶ではない戦いをしてきましたか?」

「ごめん」


 話し声に気づいて敵が向こうから走ってくる。

 僕たちはそれぞれ構える。


「生きて帰るぞ!」

「了解!」

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