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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
九章 ヘルタースケルター
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二話『鬼籍に入る』

 藤岡は高級そうなスーツを血で濡らしている。

 それらすべてが返り血というわけではなく、腹に突き刺さったナイフが激闘の末の勝利だという事を匂わせていた。

 僕たちの姿を認めると藤岡はそばの死体を避けて座り込んだ。立っているのが辛いのが見てとれる。いや、もう座るのも相当辛いのではないか。


「彼を見捨てるはずがないと思っていましたよ」


 ふてぶてしく彼は言う。

 視線が後ろにいる百子さんに移動した。僕は庇うように身体を移動させる。


「やはり、喧嘩をしたというのは嘘でしたか。今となってはもうどうでもいいですが」

「三つ、質問に答えてほしい。どうして渡会さんを裏切ったのか、何故所長をさらったのか、そしてこの惨状の理由は?」

「それを答えてあなた方になんの益が?」

「つまらない御託はいらない。僕が聞きたいって言ったら、お前は答えるだけでいいんだ」


 前原さんが後ろでぽつりと「暴論だ…」とつぶやいた気がしたけど聞こえないふりをする。


「まあ、いいでしょう。私は渡会さんを裏切ったつもりはなく、守ったんです。――結果は、あれですが」

「守った?」

「汚職してましてね、私」


 めちゃくちゃビビった。

 え、この品行公正で私が正義ですみたいな顔しといて汚職してるのこの人。


「でも、やめたつもりだったんですよ。渡会さんがあんまりにも私を信用するもんだから、悪いと思うようになって」

「……それから?」

「一年は前の話ですかね。神崎が接触してきました。一体どこから引っ張ってきたのか、私の悪事を提示して協力しろなんて言うんです」


 神崎、そんな前から動いていたのかよ。


「渡会さんに失望されるのは嫌だったので、裏でコソコソ協力しました。あなた方もご存知でしょう? パーティーのこと」

「ああ、麻薬捜査の密偵の情報が漏れたっていう…まさか」

「私が流しました。そちらのお嬢さんはセキュリティの扱いに大変憤っていましたが、外部からのハックには実は強いんですよ。ご安心を」

「内部から…どうして」

「私も詳しくは聞いていません。ですが、神崎の最初の狙いは渡会さんでした。『鬼』の残党を潰そうとするのが気に入らなかったのでしょう。おそらくあのパーティーをとっかかりに行動するつもりだったのでしょうが…」

「そこに、僕たちが現れた」

「そう。『鬼』と神崎に最も因縁のあるあなた方が現れ、どうやら接触したようですね? それ以来、彼の意識は渡会さんからあなた方にすり替わった」


 私には都合がよかった、と藤岡は呟く。

 彼にとっては探偵事務所のメンバーよりも渡会さんの安全のほうが上だったのだと分かるような言い方だった。


「今から三週間前でしょうか。神崎は私に指示をしました。ひとつは、城野憲一と椎名百子を誘拐すること。もうひとつは、渡会さんを殺すこと」

「なぜ、百子さんまで…」

「さあ。それは神崎に聞いてください。私にとってはそれほど重要でなかったので」


 うーん、いい意味でも悪い意味でも自分の興味に忠実だな。

 藤岡の顔色はどんどん悪くなる。何か処置したほうがいいのではないかと思うけど、当の本人は気にもせずにしゃべり続けている。


「私は覚悟を決めました。渡会さんだけは助けなければならないと。こんな私を信用してくれた人へ、せめてもの忠義をと」

「で、渡会さんを撃ったわけか」

「急所は外しましたよ」


 彼は顔をしかめる。よほど苦しい判断だったようだ。


「渡会さんを餌に、城野を呼び出すことは最初から考えていました。椎名百子の件以外は、うまく行きました」


 対して所長のことはあっさりだった。


「それで、なんでしたっけ? どうしてこうなったか?」


 藤岡は血の付いた顔で笑う。

 営業スマイルともいえる薄っぺらい笑みだ。


「神崎が私を殺すよう仕向けたんですよ。用済みだったからでしょうね」

「用済みって、ここまで協力させながら?」

「そんなの関係ないですよ、あの男には。あとは渡会さんをわざと殺さなかったこととか――神崎を殺そうとしていたことがバレたんでしょうねえ」

「神崎を…?」

「渡会さんを守る為に。あいつが死ねばもう渡会さんは狙われない。そんな思考が漏れていたみたいです」


 もしかしたら神崎は、藤岡に渡会さんを殺させることで己への忠義心を図っていたのかもしれない。

 結果は渡会さんは瀕死とは言え生きている。そこで悟ったんだろう。藤岡は誰の下についているのか。

 推測でしかないけど。


「私はあなた方を迎え撃つためにここに配置されました。ですが、本当の目的は私をここで殺すことだったようで、こいつらに武器を向けられたときはどうしようと思いましたよ」

「よく勝てたね」

「個々の力は弱いです。ただヤクを打っていたり常識がぶっ飛んでいたりと手におえないのが多い」

「参考にするよ」

「さ――。あなた方もまだ救出劇があるのでしょう? お人よしの男と、黒ずくめのお姫さま。だったら早く行けばいい」

「その前にお前の処置をしないと。出血がずいぶんあるから…」

「私はもういいんですよ」


 さっぱりとした言い方に、僕は踏み出そうとした足を止めた。


「何人かに渡会さんを撃ったところは見られていました。被疑者として私の周辺を掘り起こせば埃はたくさん出てくるでしょう。お終いなんですよね、ここで。…もし渡会さんに会ったら、代わりに謝ってくれませんか」


 本当に自然な流れで藤岡は拳銃を取り出した。それを目にした瞬間に、咲夜が僕らを庇うように前に踊り出る。

 だけど、銃口はこちらを向かない。藤岡の顎の下に当てられる。


 ――止める間もなかった。

 部屋に反響する銃声。天井にびちゃびちゃと血と脳髄が飛び散る。

 恨む暇もなく去っていった藤岡の死体を見下ろしながら、潔く死ねる彼の在り方を少し羨ましく思っていた。

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