一話『鬼が出るか蛇が出るか』
――だいぶ時間を食った。
ヒントとして出されたのは廃工場、遊園地跡、ショッピングモール。
それらが一つ一つ距離が長く、移動時間がかかる。
しらみつぶしに探そうというほど僕らも馬鹿ではない。情報網を使って絞り込もうとしたのだが――うまくはいかなかった。
こちらがそうすることを見抜いていたかのように、ダミーの情報が撒かれていたのだ。挙句の果てにPCウイルスを侵入させてきた。
さすがの百子さんもブチ切れていたけれどどうしようもないものはどうしようもない。
結局最後にして最長の距離にあった大型ショッピングモールについたのは夕方だった。
駅から専用バスが出るぐらいには町の中心部から遠く、加えて山の中腹に建つ――大きな店にするために地価の低いところを押さえた土地であった。
冬であることも手伝い、辺りは薄暗い。
前原さんは馬鹿正直に駐車場に車を止めることはせず、少し離れたところで停車した。
「当たりですかね」
僕は窓の外を睨みつける。
薄暗闇の中、建物の陰に隠れて何人か人影が見える。
「これで外れならもう泣くしかなかったよ…。地図はこれ。現在地はここ」
百子さんが示してくれたのは、正面口の少し前だ。
そのほかの部分もざっと眺める。
三階建て。とはいえ、広さはずいぶんとある。一日で周るのは疲れそうだな。
立体駐車場だけでなく地下駐車場もあるのか。随分強気なモールらしい。
「正面ですか…。裏から侵入しましょうか」
「裏もどうせ固められているよ。なんなら真正面から臨んでいこう」
咲夜がひどく呆れた視線を僕に送ってきた。
「遊びじゃないのですよ」
「遊びだよ、少なくとも神崎にとってはね。あいつは裏の裏をかこうとしている。なら、堂々表に行った方が逆にびっくりするだろ」
「子供同士の喧嘩じゃないんですから…」
まあ、端から見ればそう思われても仕方がない。
その残酷さ、顧みなさ、後先の考えなさ、すべて子供じみている。
神崎は大まじめでこの舞台を作り上げたのだ。
だったら僕だって大まじめでこの舞台をぶっ壊さなければならない。
「――とにかく、どう動くかだよね。僕と咲夜は一緒に動くのは確定として、百子さんと前原さんは?」
「あたし、この設備管理室に行きたい。そこを掌握出来れば内部がどうなっているか分かるし、敵がいる場所も教えることが出来るから。それにパソコンがあれば実家の手伝いができるだろうし」
「俺はお前たちみたいに戦うことは出来ない。技術も力も劣っているから足手まといになるのは目に見えている。だが、椎名さんの護衛ぐらいならできるだろう」
それなら、決まりだ。
僕と咲夜、百子さんと前原さんで分かれる。正直戦闘能力のない百子さんを一人にするのは不安であったので、この申し出は助かる。
「なら、そこから先に行きましょう。咲夜、用意は?」
「いつでも」
僕たちは車から降りて建物に近づく。懐中電灯は今は僕だけが点けている。
先頭は僕、一番後ろは咲夜で固めている。これならカバーできるからだ。
壊されたドアをそ知らぬふりで通ろうとしたとき、右手側から攻撃が落ちてきた。
――金属バット。
身体を逸らして除け、一番下まで振り下ろされたそれを踏みつける。その持ち主がバッドから手を離す前に、その顔面にこぶしを叩きつけた。皮手袋で、鉄板が入っているものなのできっと痛い。
バッドを拾い上げると左から襲い掛かってきた男の胸を思いっきり突く。骨が折れる音が金属越しに伝わった。
その後ろから走ってきた男二人を見、バッドと懐中電灯を放ってこちらからも迎える。跳躍してそれぞれの頭を掴むと、勢いのままに頭から地面に叩きつけた。
鋭い金属音に振り返ると、ちょうど咲夜がナイフで応戦してきた相手の首を掻ききったところだ。咲夜相手に刃物で挑むなんて馬鹿な奴。
ぱたりと襲撃が止んだ。
第二波を警戒してあたりに気を巡らすが、どうやらここにいたのはこの五人だけだったらしい。
「だ、大丈夫? 二人とも」
懐中電灯を手渡しながら大丈夫ではなさそうな声音で百子さんが聞いてきたので頷く。
「このぐらいはどうってことありません。しかし…いちいち相手をしていたら時間がもったいないです。行きましょう」
正面口から少し歩いたところに設備管理室はある。
あたりを警戒しながら足を進めていく。
誰もいない店というのはずいぶんと不気味だ。改装中なのもあって商品が全く置かれていないため、空っぽの空間が口を開けて虚ろな呼吸をしている。
夢に出そうだ。出来る限り早く出たい。
「ここみたい」
恐らくは客が寄り付かないようにしてあるのだろう、少し入り組んだところの先に目的の部屋はあった。
僕がドアを開け、咲夜が真っ先に部屋に飛び込めるようにポジションを取る。そこで、異臭に気がついた。
「血の匂いがする」
僕がささやくと、咲夜も小さく頷いた。
この中で何が起きている? もしかして所長がいるのか?
跳ね上がる鼓動を感じながら、僕はドアを蹴り開ける。鍵はかかっていなかった。
「…お前は」
倒れ伏す何人もの人間。その中で、唯一立っている男がいた。
眼鏡をかけた、いけすかない表情の男。
渡会さんの部下であり、失踪前の所長に連絡を取った人――藤岡が、僕らを出迎えた。




