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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
八章 ファム・ファタール
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二十二話『喪服』

 城野は回想する。

 少女を家族として迎え入れてから数日したとき、百子と連れたって服を買いに行った。もちろん既製品が安く売ってある店だ。

 城野は少女のサイズに合うものを持っていなかったし、いつまでも自分のものを貸すわけにはいかないと思ったからだ。


『なんでもいいぞ』


 百子がうずうずと少女に似合う服を探そうとしているのを制止しながら、城野は言う。

 この感情が希薄な少女が何を選ぶのか純粋に興味があったのだ。

 彼女は、少しの間何かを考えた後に歩き出した。それについて行くと、一つのスペースで立ち止まって「これ」とだけ口にした。

 驚いたことを、今でも覚えている。


 ――それは、喪服・・だった。

 間違えても日常で着るものではない。


『それ喪服だ…』


 少女は良く分からない顔をしていた。


『葬式とか、死んだ人間の為に着るやつだ。縁起のいいものではない』

『これがいい』


 それが城野の見た最初のわがままだった。

 説明を聞いた上でも欲しがるとはさすがに思わなかった。

 困り果てた彼の横で、百子は「じゃあ」とスチャッとスマホを取り出す。


『黒くてかわいいの、探してあげる~』


 それがまさかゴス服だとは城野も思わなかったのだが。百子は妙なところでずれている。

 届いたものを見たとき、さすがに少女も何か違うと感じたようで動きを止めていたが特に文句を言わずに着ていた。

 顔がいいとどんなものでも似合うんだなと呑気な感想を抱いたことも、まあまあ覚えている。


 ――今にして思えば、彼女は誰かの死を悼もうとしていたのかもしれない。

 だから頑なに黒い服を求めていたのだろう。

 気づくのにずいぶんと時間がかかってしまったし、問うには遅すぎる。


 少女はいつのまにか骨董屋の掃除をするようになって、いつのまにか「アンティーク姫」なんて大層なあだ名をつけられて、いつのまにか事務所が彼女の居場所となって。

 いずれ崩壊する日常だと分かっていても、手放したくはなかった。

 仲間と賑やかな時間の中で生きていたかった。


 ――これは、そんな空想をした罰なのだろうか。

 激痛が走る舌を動かせないままに、城野は呻きながら悶絶する。

 自分に対して何か言われているようだ。周りで誰かが話しているらしい。それらの音はあまりにも遠く、彼の耳に意味のあるものとして入ってこない。


 ただ、少女の姿だけは良く見えた。

 二年前のあの日のように、まっさらな人間になってしまった彼女に手を伸ばそうとした。

 だが戒められているため動かすこともできない。

 ひめか、と囁く。誰にも届かない呼びかけをする。

 ――あんたにとって、もう少しかっこいい兄貴でありたかった。


 懺悔にも似た気持ちを吐露したとき、視界の端で何か赤いものが跳ねた。

 見覚えがある。あれは確か…発煙筒。

 発煙筒? なぜこんなところに?

 考える暇もなく、あたりは煙に満たされる。城野も例外なく巻き込まれた。

 咳き込もうにも舌に痛みが走るのでにっちもさっちもいかない。


「ぎゃっ!」


 城野の傍にいた男たちが濁った悲鳴を上げる。そして、倒れたような音。

 何が起きたか分からない城野のそばに、懐中電灯の光が近づく。


 武器という武器を身体中に装備した人物だった。

 色素の薄い短髪、髪と同じ色の瞳、整った顔だちの青年。


 ――国府津夜弦。


「確かに僕の知らないところで死んでくれとは言いましたけど、いくらなんでも早すぎません?」


 はにかんだ彼の手は血で染まっている。既に戦闘をしてきたのだろう。

 城野は知らず、唇を吊り上げる。舌の痛みをこらえて、返した。


「…待ちくたびれたぞ、ヒーロー」








 八章「ファムファタール」了

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