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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
八章 ファム・ファタール
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十七話『セーフティハウスにて』

 『国府津』の持つセーフティハウスには有線LANが備え付けられている。

 この情報化社会、何処に居ようとある程度整ったネット環境を備えていなくては有事の際に困ってしまうからだ。

 今、そのLANとパソコンを扱っているのは百子さんだった。先ほどから一言も発さずサイバー世界から何かを探そうとしている。

 そして僕と咲夜は防弾チョッキやら銃火器やらなんやらの装備品をテーブルに並べて、ひとつひとつ点検していた。

 

「ロケットランチャーとかないの?」

「ありません。そんな大規模な争いを予期していたわけでもないですし、何より目立ちます」


 僕の冗談交じりの願望があっさりと否定された。

 確かにそんなものぶっ放したとして、隠ぺい工作が大変になるだけだしな…。

 いやもうすべて終わったら燃やしてしまえばいいんじゃ? とも思ったが、そんなことをしたら確実に父親に首を絞められる。


「ふぅ…」


 僕はもう何度目かも忘れるほどにため息をついている。

 咲夜からしたら鬱陶しいぐらいだろう。


 ここまで起きたことを整理する。

 神崎が僕を挑発するために岩木さんたちを殺し、その後アミューズメント施設跡地に呼び出した。

 やつが姫香さんを連れて行ったのは――『鬼姫』だからだろう。彼女の価値が『鬼』の中でどれほどのものなのかは不明とはいえ、手の届くところにはおいておきたかったに違いない。

 そして、所長。渡会さんを囮にして彼を呼び出し、あろうことか渡会さんの部下が所長を攫った…。

 『渡会さんが『鬼』と手を組むなんてことは考えられないよ』と百子さんは車内で話していた。


『自分の娘と、その夫を殺した組織だもの。ケンくんが何度言っても『鬼』の残党を潰そうとしていたぐらいだから、利害関係も協力関係も結ぶとは考えられない』


 現に渡会さんは瀕死だ。たかが所長一人の為にそこまで命を張って自らを囮にするとは考えにくい。以前会った時、そこまで狂っているようには見えなかった。

 ならば――藤岡が、最初からか途中からか分からないが裏切ったのだろう。渡会さんと、所長を。

 『鬼』絡みのふたりを!

 気づかなかった。気付けなかった。


 シークレットパーティーの依頼が来るきっかけ、あれはなんだった?

 杜撰なデータの扱いで機密情報が漏れたのではなかったか?

 警察が、さらには秘匿されるような部署がそんな初歩的なミスをするとは思えない。

 だが――内部からの・・・・・手引きならば・・・・・・。外部の人間の手に渡ることはたやすいだろう。

 それは、何のためだ。

 ――『城野探偵事務所』をパーティー会場に行かせるために?

 あの場で神崎に会ったことは、まったくの偶然ではない?

 クソ、クソ! どこまでがあいつの思考のうちなんだ。

 『鬼』のもとに引きずり出された所長が、ろくな目に合わないのは想像に難くない。 


「所長の行方は掴めましたか?」


 焦る気持ちを奥歯で噛み殺しながら、僕は聞く。


「まだ、ぜんぜん。エリアは絞り込めたけど…」


 唸り声のように彼はつぶやき画面を睨みつけている。

 そのとき、彼の手元のスマホが着信を知らせた。


「もしもしいっちゃん? そっちは落ち着いた? …詳しく教えて」


 なにか手かがりでも捕えただろうか。

 見守る僕の横で咲夜がもう何本目になるか分からないナイフを自らの装備にしまい込んだ。


「…おや」


 彼女の方でも着信が来た。

 『国府津』も『鴨宮』も、危機に直面しているだけあって似たり寄ったりな行動をしているのだろうか。


「はい、咲夜です。――え? あ、ああ。ご無事で…」


 咲夜が大きく目を見開いた。

 そのまま僕を見やる。


「ええ、傍に。…畏まりました、お待ちください」


 咲夜は僕にスマホを押し付けて、ひとこと言った。


「…当主様です・・・・・


 ぞわりと、背中の毛がすべて逆立つ感覚。

 けして父は怖い人ではない。だが、『国府津』当主としては『残酷』の二つ名にふさわしい性格だ。

 そんな男が、今この状況でなにを僕に言うつもりだ?

 記憶喪失から戻ってこれて良かったね、なんて生ぬるいことを言う人ではない。

 僕はスマホを耳に当て、急速に乾いていく口を無理やり動かした。


「…変わりました。夜弦です」

『元気そうで何より』


 猛烈な吐き気に襲われる。電話先にいるのは『父親』ではない。『当主』だった。

 僕を案じるために連絡を寄越したのではなく、暗部としての『夜弦』に指令を下しに来たのだ。


「…申し訳ありませんでした。この二年間、連絡もせず」

『今はその話をするために連絡したわけではない』


 知らず、生唾を飲みこむ。


『十何年も目に交わした約束を覚えているね? それを守ってもらいたくて』


 淡々と、感情を排した男の声が耳介をすべっていく。何を言っているのか、理解が追いつかなかった。

 ――冗談だろ。

 25になったら仇討ちを止めるという約束を、今、ここで持ち出すのか!?


「――嘘でしょう?」

『真面目だよ、ぼくは。夜弦、君の立場は替えが聞かない。これ以上の危険に身を晒すことは許されない』

「ですが、当主! 『鬼』がまた動き出しているんですよ!」

『ぼくらはあの時よりも強くなった。『鬼』が表に出てこようとするなら、今度こそ四家で仕留めるさ』

「所長が! それに、その妹も今まさに『鬼』の手のうちです! このまま放ったら確実に殺されてしまいます!」


 どうせあなたは助けないだろう。家族の命以外どうでもいいのだから。


『切り捨てなさい』


 視界の端でかみさまがむくれるように頬を膨らませた。君だっておんなじこと言っていただろ。

 姫香さんがゴミのように見捨てられることが面白くなさそうだった。そうだよな、僕も同じ気持ちだ。


『死んでも社会に影響はない』

「……」

『こちらは一度襲撃されたが、今は警護で固められている。夜風と華夜もいるしね。そちらよりは安全が保障されて――』

「ふざけんなクソ親父!」


 僕は叫ぶ。

 百子さんも、咲夜さんも、それから前原さんも驚いて僕を見るが構わない。

 いつの間にか言葉遣いの悪さが所長から移ってしまったようだ。


「おかあさんを守れなかった父さんに、そんなこと言われたくない! 僕は今度こそ守ってみせる! そして終わらせるんだ、全部!」


 まるで子供のように喚き散らす。


「…おかあさん一人の死が、どれほど僕らに影響しているか知っているはずだ。だからこそ、僕は行くよ」

『夜弦』

「説教は後で聞くよ」


 乱暴に電話を切る。

 肩で息をしながら、咲夜にスマホを返した。


「…当主様に喧嘩を売るなんて。どうなっても知りませんよ」

「どうなるかは『鬼』を倒した後のお楽しみだよ、咲夜」


 だから、それまで生きなければ。


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