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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
八章 ファム・ファタール
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十六話『箱乗り』

 そんなアクション映画みたいな芸当、出来るか!

 思わずそう避けびたくなってしまったけれど、彼女の顔は大まじめそのものだ。

 これしかないと言わんばかりの真剣な目で僕を見据えてくる。


「確認だけど、僕の命中率は知っているよね?」

「はい、非常に酷い数字であることを存じています。しかし数うちゃ当たる、ですよ」


 何気に酷いことを言われた気がするけど、まあいい。

 こんなところで駄々を捏ねても待つのは死だけだ。

 僕と咲夜はそれぞれ窓を開ける。強い風が車内に舞い込んだ。


「おい、箱乗りするのは良いがこのスピードだぞ! 一歩間違えりゃ放り出される!」


 エンジン音と風の音に負けないように前原さんが怒鳴る。その通りだ。

 銃を撃つためには両手を使わなければならない。片手だと脱臼してしまう可能性があるからだ。

 掴むこともできず、窓の外へ身を乗り出すのは相当危険なことではあるが――やるしかない。


「分かってます、でもこのままじゃ追突されてお終いです」

「ま、待って! いくらなんでも無謀だよ!」


 必死の形相で百子さんも叫ぶ。

 僕は小さく舌打ちをする。手段は選べないというのに。


「百子さん、僕らは――」

「あたしが夜弦くんの足を掴む! それならすぐには落ちないよね?」

「え、はい、多分…」

「夜弦くんがどうしようもなかったら咲夜ちゃんが撃とう!」


 止めてくるのかと思ったらリスク回避を提案してきた。

 深く考える余裕もなく、僕はその案を採用することにする。それならまだ集中して撃てそうだからだ。

 窓のふちに腰かける。両足を百子さんが渾身の力で抱きしめてきた。

 外に身を出すと強風が僕の全身に当たって来て、息もろくにできなくなる。目も瞬きの回数を増やさなければあっという間に乾いていく。

 なにより、猛スピードで景色が移り変わっていくこの状況に恐怖を覚えないといえばうそになる。


 セーフティを外し、後ろをつけてくる車に標準を合わせる。

 さすがに驚いたようで速度が目に見えて落ちる。けれどすぐに盛り返してきた。叱咤激励でもされたかな、知らないけど。

 撃たれる前に当てるつもりなのだろう、ここからでも分かるぐらいに諸々のパーツがきしむ音を上げながらみるみるうちに距離が縮んできた。

 ――今だ。

 指先が震える。

 僕はこの武器が好きではない。

 無意識に手が震えて、狙ったところに撃てた試しがない。


「あそこっ!」


 かみさまが笑いながら運転席を指さした。

 きみがそういうなら、そうしよう。なんせ今は神に縋る気持ちなのだから。


 引き金を引く。弾が発射される。反動が腕に伝わりバランスが崩れる。

 一瞬の浮遊感を覚え、落ちる――と覚悟したときだ。


「うらぁぁぁあああ!!」


 ものすごい力で車内に引き戻された。窓のふちに身体がガンガンぶつかって痛むが、アスファルトに落ちて大根おろしのようになるよりは数億倍もマシだ。

 百子さんは荒い息で未だ僕の足を掴んでいた。全身を使ったのだろう、座っているのか立っているのかもわからない体制だ。


「ターゲットダウン。お疲れ様です」


 咲夜も助手席から身を乗り出して僕の服の一部を掴んでいた。完全に僕が車内に戻ったことを確認すると大きく息を吐く。

 後ろを振り向くとつけてきていたワンボックスカーは見えなくなっていた。

 前原さんもそのことに気づいてスピードを緩める。ほかに車がなかったのは幸運だ。


「当たった?」

「ええ、ガラスに。クモの巣のようにひび割れたのが少しだけ見えました」

「運転手に当たったかな」

「そこまでは。まあ、私たちは少し麻痺していましたね。――車のどこを撃たれようと、恐怖は覚えると」

「あー…。あー、確かに」


 殺さない限り車は止まらないとすっかり思い込んでいたが、命の危機に晒されて平気な人間なんていない。

 僕の撃った弾が誰にも当たらなくても恐怖はしっかりと送り付けることが出来ただろう。

 びびってアクセルペダルから足を離したのかもしれないな。一発だけでひるんでくれてよかった。


「…百子さんもなかなか大胆な提案しますね。おかげで助かりましたけど」

「大胆なのは咲夜ちゃんのほうでは…? 仮にも次期当主になんていう作戦を…」

「仮ですから」

「そういう笑えない冗談やめてね咲夜」


 どうにか落ち着いた頃に、病院の駐車場についた。

 念のために咲夜と僕は拳銃を隠し持ち所長の車を探す。少し奥まったところにそれはあった。

 中を覗き見るが、彼はいない。荒らされた跡も見受けられない。

 百子さんはあたりをきょろきょろと見回す。


「駐車場に防犯カメラがあるし、ハッキングしてみるよ」


 いとも簡単そうに言うもんだからあやうく普通のこととして流しそうになるけど、とんでもねえよな…。

 僕たちは一旦車に戻り、百子さんがあたりの防犯カメラを掌握するまで待つ。

 その間にも油断はせず、あたりを警戒する。さっきの車、まだ僕らを追ってくる気なんだろうか。


「掴んだ。データ削除の時間はこの時間で…うん、いるね。緊急外来の扉の前にケンちゃんがいる」


 パソコンの画面には確かにスキンヘッドの男が映っていた。スマホを弄りながら緊急外来のインターホンに向かっている。

 すぐに所長はその場を離れる。入れなかったらしい。

 そうして、車に戻ろうとして――。


「え、この人」


 他所の車から何人かの男が出てきて、そのうちスーツを着た男が所長の背中に立つ。

 その髪型には見覚えがあった。


「渡会さんの部下!?」

「うそ! 藤岡さんがどうして…」

「あの眼鏡ですか…」


 僕の見間違いだと思ったが、百子さんも咲夜も同じ意見だった。

 所長は後ろに手を回し、藤岡が何かを彼の手に付ける。おおかた手錠あたりだろう。

 そして車に押し込んでその場から去った。

 一連の流れを僕らは茫然と見るしかない。

 予想はしていたといえ、こんなにはっきりと見せつけられると言葉を失う。

 しかも瀕死の渡会さんの部下が、どうしてか所長を攫った。もしも所長があの時百子さんも連れて行っていたら、百子さんも一緒に攫われてただろう。

 まさかとは思うが、藤岡は神崎の仲間とは言わないよな。


 顔面蒼白になった百子さんは半笑いで呟く。もう笑うしかできないのだろう。


「あの兄妹、何回誘拐されたら気が済むの…」

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