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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
八章 ファム・ファタール
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十五話『楽しい運転』

 車に乗り込んでから数分ほど。

 百子さんがタブレットを見ながら難しい顔をする横で、僕は急激な眠気に襲われていた。…岩木さんたちを見つけて、すぐにアミューズメント施設跡に行って四人殺して、そのまま休まず事務所に向かったからな…。たった一晩のうちにいろいろ起こりすぎだ。

 さらには記憶が戻ったショックというのか、反動というのか。ちょっと思考が追い付いていない部分もある。

 寝ている場合ではないというのは僕も十分承知しているが、生理現象には勝てない。

 まどろむ中で、咲夜と前原さんの会話が聞こえた。


「…白い車、ずっと付いてきている気がする」

「どれです?」

「一台挟んだ後ろのワンボックスカー。お前ら拾ってからずっといる気がする」

「なるほど。気のせいだとしても念を入れて、次の十字路で曲がってください。三回同じ方向に曲がればはっきりするでしょう」

「そうだな」


 左に曲がる感覚。

 そういや僕、運転したことないな。そもそも免許がない。

 次期当主という身分の為か、安全のために運転をさせてくれなかった。というか、暗部で活動しているという時点で安全もへったくれもないんだけどな。


 そもそも暗部に入ることに一番反対したのは父親だった。確か椅子で殴られた気もする。当たり前のことだ、当主の一人息子であるわけだし。

 だけど当時の僕の意思は固くて、「何の技術もないまま仇を討ちに行ってもいいのか」みたいなことを言って――妥協されたのか、折れたのか。僕が訓練に参加することの許可が下りた。

 期限は25歳の誕生日まで。その時までに仇が討てなくても、全て諦めて当主としての教育を受けてもらうという約束だった。

 ――え? 今、僕何歳? 今が2018年で…うわ、26歳じゃないか。うそだろ。

 そうだよな、『鬼』襲撃が24歳の話だもの。このチャンスを逃せば25歳までに目的を達成できないと焦っていたのを思い出す。うわあ。記憶喪失だったとはいえ、期限を破っていた。

 絶対に激怒している。というか実は絶縁されているとかないよな?


 つらつらと考えていると、三回目の左に曲がる感覚がする。

 このあたりを一周したということだ。よほど待ち合わせの時間が余っていたり、迷っていない限り同じ場所をぐるぐると回る車はないはず。

 だが、前の二人の反応からするに、ワンボックスカーはなおも付いてきているようだ。


「確定ですね。後ろをつけられています」

「どうする? 言っておくが、俺はカーチェイスなんて御免だぞ」

「ふむ…。夜弦兄さん…起きていますか?」


 僕は目を開ける。

 休めたか微妙だけど仕方がない。


「うん。――別のタイミングの悪い敵対組織ってセンもあるだろうけど、一番有力なのは神崎からの刺客だと思う」


 神崎の奴、僕に生きてほしいんだか死んでほしいんだか不明なんだよな。

 僕を自分の手で殺したいのならこんなところで死ぬように差し向けるわけがないし。一方で、アミューズメント施設跡地では僕を殺させようとしていた。でも、電話の向こうの神崎は僕の生存を信じて疑わないような口ぶりであった。

 なんだか、「国府津夜弦なら生き残るだろ」みたいな信頼感を寄せられているように感じなくもない。大迷惑なんだけどこっちは。


「だから、カーチェイスしないと不運な事故死をする可能性があるな、と」

「うっそだろ」


 前原さんが呻いた。


「でもこのまま大人しく病院に向かったら向かったで襲撃されそうだしな…。引き離すしかないのか…」

「あちらも気づかれたことを察したみたいですよ、おじさん。では安全運転でお願いします」

「バカ言ってんじゃねえぞお前!? クソ、みんなシートベルト締めたな!? どうなるか分かんねえから!」


 これまで別のことに集中して会話が頭に入ってなかったらしい百子さんが、社内の空気が変わったことに気づき慌てて周囲を見る。


「え、え!? なに!? 何が起きるの!?」

「カーチェイスですって」

「はい!?」


 後ろを振り向くとワンボックスカーが僕らの車に急接近してきた。

 ぶつける気まんまんじゃないか。

 前原さんはペダルをベタ踏みする。急発進で首が一瞬がくんとなった。


 食らいつくように後ろの車も追いすがってくる。

 こちらがブレーキをかけようものなら、そのまま突っ込んでくる迫力がある。裏道を突っ走っていく。広い道、狭い道関係なく、縦横無尽に。

 なおも付いてくる。恐ろしい執念だな。


「できれば車も人もいないところに行ってください」

「何か考えがあるのか!?」

「ええ。夜弦兄さん」


 咲夜は、僕に拳銃を手渡してきた。彼女の手にも拳銃が握られている。


「牽制でも攻撃でもいいです。とにかく撃ちましょう。一人で無理なら、二人です」


 正気か?


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