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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
八章 ファム・ファタール
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十話『襲撃と攻撃』

 僕が正気を失っ…….いや、一応は正気だったんだよな。今までも。冷静さを失っている間に大変なことが起きていた。


 四家会議というのは、国家諜報部の四家が年に数回集まって話し合う会合だ。

 つまり、国府津当主の護衛をする華夜姉さんと、おそらく当主補佐としてついている鴨宮三四子は同じ場所にいるのだろう。

 当然、表に堂々とは出られない人間たちの集まりだから防犯もセキュリティも高レベルのはず。それが突破されてしまったというのはかなりの問題だ。


「みっちゃん、落ち着いて…。ハック攻撃を食らっている? うん、ちょっと調べてみる」

「ええ、こちらは特に何も。そちらは鎮圧できたのですか? …ですよね、そうでなかったら電話出来ていませんよね」

「みっちゃん、いっちゃんは? …一樹の対応しているんだ。分かった、また掛けて」


 百子さんは電話を切ると何とも言えない表情をした。

 彼はぐしゃぐしゃと自分の前髪をかき乱す。そういえば、いつの間にかウィッグやめていたんだな、なんて関係ない事を思う。

 震える指先でパソコンの電源をつけると、百子さんはどさりと椅子に座り込んだ。


「何が起きているの…?」

「百子さん、ハック攻撃とは…」


 小杉さんのことも聞きたかったが、もともと百子さんとの関係性が最悪なので今はやめておく。


「どうやら『鴨宮』のネットワークに侵入されているみたい。今から状況を見るけど、このハック攻撃と襲撃、偶然のタイミングとは思えない」

「私も思います」


 咲夜も電話が終わったらしい。

 彼女の方はまだ平静を保っているが、どうだろう。あまり表情に出ないタイプだから。


「当主が、夜弦兄さんを心配していたようなので連絡をしたようです。夜風兄さんと華夜姉さんが襲撃者を叩きのめしたそうですが――まあ、その話は良いでしょう」


 彼女はおちつかなさそうに首に巻いたストールを弄る。


「本当に、何が起きているのか…私もさっぱりです」

「咲夜ちゃん、『国府津』もハック攻撃受けていないか一応確認したほうがいいかもしれない。…どこで侵入されたのか気になるから、そちらで判明しているなら教えて」

「分かりました、連絡します」

「これけっこう大問題だよね…。いわゆるお庭で暴れられることはあっても、今回みたいに玄関口まで入られることはなかったから…」


 百子さんはしきりに首を傾げていた。

 よほどのハッカーがあちらに居るということだな。あまり心穏やかではない。

 というか次期当主の僕は二年間のブランクもあってまったく口が出せないままだ。すごく悔しい。


「みっちゃんといっちゃんがどうにかしてくれたらいいけど、小杉さんの死で一樹が使い物にならなくなっているかもしれない。弱ったなあ…」

「…わりとドライですね、百子さん」

「二度も殺されかければね。あたしはただ、大事な弟と妹を守ってあげたいだけだよ」


 カタカタとキーボードを打ち始めた百子さんの手が、ほどなくして止まる。

 目が見開かれた。

 僕がどうしたのかと聞く前に、彼は叫んでいた。


「クソッ!」


 荒々しく吐き捨てると乱暴にキーを叩き、片手で机の引き出しを開けると赤いUSBを取り出しパソコンにぶっ刺した。

 読み込みのわずか数秒の間も百子さんはせわしなく指と目を動かしている。

 ピィ、とハード部分が悲鳴のような音をあげると共にいくつものポップアップが画面を覆い、シャボン玉のようにはじけていく。いくつものプログラムが目にも見えぬ速さで流れていく。

 そうして、バツンとパソコンの電源が落ちた。

 舌打ちを一つ零すと、所長の席にあるパソコンを起動させながら百子さんはスマホをひっつかむ。


「三四子! いますぐ情報部に連絡! 複数から攻撃されている! このままだと情報すべて壊されるか抜かれるぞ!」


 百子さんはキッと咲夜を見た。


「そっちも! 警戒態勢に入ったほうがいい!」

「は、はい」


 咲夜は圧倒されたのか返事だけするとすぐに『国府津』に連絡をする。

 秘書は当主についているとしても、本部には秘書補佐の石上がいるはずだ。


「ルートキット対策は出来たと思うけど…ワームだったら厄介だ…」


 ぶつぶつと呟きながら百子さんは何かを調べている。

 いや、諜報部の次期当主だから分からないと駄目なんだろうけど、そういうのとは離れていた。


「最近は特に侵入されるようなことを…あ、神崎元」

「え?」

「なんですって?」


 百子さんが不意に呟いた。

 僕らの疑問の声には一切答えず、座るのも惜しむように立ったまま彼は何ごとかを入力していく。


「…待ち伏せされていたらしい」

「どういうことですか」

「神崎元の、ネット上に散らばった情報にウイルスの断片が仕込まれている…ひとつひとつは無害だけど、すべて合わさると劇薬になる。それこそ、青酸カリみたいに」

「……」

「ねえ、夜弦くん。あなた、いったいどんな人に狙われているの?」


 このような状況下で在りながらも、百子さんは心配そうな顔で僕を見る。


「――神崎は、下手すると国家諜報部ごと潰しそうとしているよ」


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