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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
八章 ファム・ファタール
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九話『ここはあいつの手の上』

 説教を切り上げてきた夜弦含め、三対の視線が城野に集まった。

 だが、当の本人はそんなことは気にしてられないようで、焦りの滲んだ口調で質問する。


「どういうことだ、そりゃ…。なんでジジイが撃たれちまったんだよ」


 電話の相手はその疑問には応えず、代わりに病院の名前を出したらしい。

 ペンのふたを歯で開けると、ホワイドボードの隅にメモをし始めた。その文字は相変わらず解読が出来ない。

 唯一本人以外で読める百子が何秒かじっと文字を見た後、手元のノートパソコンを弄り始めた。


「今は? 手術中…そうか…。家族には連絡しているんだろうな? ああ、そうだよな」


 城野はふらふらと夜弦たちの対面のソファに座るとうなだれる。

 相手は男性なのか、低い声が漏れて聞こえた。


「あいつが俺に話したいこと、だと…? どんなことだ? …あんたも聞いていないのか」


 百子が手振りで城野の視線を誘導する。視線がかち合ったことを確認してから、一つ頷いた。

 これは虚偽の情報ではなく、本当のことという意味だ。つまりジジイ――渡会が病院に運ばれて緊急手術を受けている。

 その事実を知り、城野は渋い顔になりこめかみに指をあてた。


「分かった、すぐに行けばいいんだろ。飛ばせば一時間もかからねえよ。…あ?」


 ぴり、と城野のまとう空気が変わる。


モモと・・・一緒に来てくれ・・・・・・・? なんだそれ」


 百子と夜弦は顔を見合わせた。

 渡会と百子は確かにビジネス相手ではあるが、わざわざ病院に駆けつけたり、駆けつけてもらうほどの仲ではない。良くも悪くも関わりは浅い。

 そうだというのに、どうしてわざわざ百子まで呼ぶのか――。


「無理だ。モモとは大喧嘩して口も聞いてくれねえし、そもそも今日仕事に来てない。絶対に呼び出しに応じてくれねえぞ」


 当然、嘘だ。夜弦とは大喧嘩をしたようなものだが。


「どうしてもっていうならあんたがなんとかしてくれ。とにかく、行けばいいんだろ。ちょっと待ってろ」


 電話を切ると深く息を吐いた。


「藤岡からだ。クソジジイの部下。いけすかない眼鏡。覚えているか?」

「あの人ね~。その人から…渡会さんが撃たれたって?」

「そうだ。それで話したいことがあるから病院に来させろと頼まれたらしい」


 夜弦は小さく手を上げる。城野は顎で先を促す。


「きな臭いと、僕は思います」

「俺もそう思う。いやもう百パーセント怪しいだろ」

「所長、本当に行くんですか? 藤岡さんを疑っているというわけではないですけど――渡会さんが撃たれたということも含めて、嫌な予感がします」

「……そうなんだよな。だが…俺はジジイに世話になりすぎた。義理は果たさないといけない」

「では、私が同行しますか? いざとなれば通じるかは不明ですが『国府津』の名も出しますし」

「は、大サービスじゃねえか。でもいい。俺一人で行く」


 立ち上がり、城野は従業員たちの顔をぐるりと見た。

 『国府津』の次期当主。『国府津』の暗殺者。『鴨宮』の長男。ここにはいないが――『鬼』の娘。

 よくもまあ、こんなに厄介な連中を集めたものだと思わずにはいられない。


「普段ならきっと隠したままなんだろうが、さすがに懲りたから言うぞ」

「うん、なに?」

「俺、たぶん誘き出されている。意図は知らん。モモまでっていうのはよく分からないが、俺と長い付き合いだからかもな」


 咲夜は同意として頷いた。


「病院についたときに三コール、モモに電話を入れる。そこから一時間、連絡が無かったら俺のみに何かあったと思ってくれ。GPSも持っていく」

「ケンくん、それならあたしも…」

「駄目だ。何が起きるか分からないんだから、リスクは最小限の方がいい」

「でも」

「頼む。俺は身内に何かあるとパニックになる。だったら一人で動いた方が確実だ」


 さらに何か言いたそうな顔を百子はする。

 その横で夜弦は口を開いた。


「ボディーガードに僕か咲夜を連れていきますか?」

「…いや、あんた神崎とかいうやつに狙われているんだろ? だったらそっちの対応をした方がいい」

「それはそうですけど…」


 確かに、神崎のことも何も片付いていない。

 岩木さんたちの首はどうなったのだろうと夜弦は考えて、悲しくなる。

 少しでもこの状況が治まったら夜の間に起きたことを話さなくてはいけない。


「代わりに、モモとヒメを守ってくれ。――ツル、ヒメを頼むぞ」


 その裏には様々な思惑と感情が紛れていると察しつつも、夜弦は素直に返事をした。


「了解です。所長も気を付けて。神崎は僕の周り――みんなのことも調べているみたいですから」

「分かった。問題ばっかり増えていくな」


 片づける暇もない程、どんどんと問題は詰みあがっていく。

 誰かに丸投げしようにも手から荷物が離れてくれない。

 

「いってらっしゃい、ケンくん」

「いってきます、モモ。無理はするなよ」

「互いにね」

「ああ」


 ため息交じりに言葉を残すと、上着と車のキーを持って城野は事務所を出ていった。

 残るは、『国府津』と『鴨宮』たち。

 少し緊張したお面持ちで、百子は夜弦へ話しかけた。


「それで、えっと、『国府津家』次期当主様。神崎元という人物についてなのですが」

「百子さん…。いいですよ、これまで通りで。むしろ堅苦しくしないでください」

「しかし…」

「私からも。百子さん、そんな気にせずとも大丈夫ですよ。ここに居るのは『国府津夜弦』ではなくただの殺人マシーンなので」

「咲夜はもう少し堅苦しくして? 前はもっと扱いが丁寧だったよね?」

「夜弦兄さんの尻ぬぐいをしているうちに気持ちが麻痺しました」

「ごめんなさい」


 ともかくと、話を続ける。


「神崎、まったく実のある情報が出てこなくて…。そもそもこの人はどんな人?」

「『鬼』です。『鬼神』と名乗っていたと思います」

「やはりそっちの関係者でしたか。『国府津』でも『鬼』とのかかわりを疑って調べていると思います」

「え、あ、そんな人だったんだ…。うん、でも個人情報に関しては空振りって感じかな…」


 難しい顔を作り、百子は事務所のパソコンを起動させる。

 電源を入れた時に彼のポケットから着信音が流れた。同時に、先ほど夜弦が返した咲夜の携帯からも。

 あまりのタイミングの良さに三人は思わず互いの顔を見た。


「所長ですか?」

「ううん、三四子みっちゃんだ…。何かわかったのかも」

「私は…華夜姉さんです。叱り足りなかったのでしょうか」

「やめて」


 二人は同時に電話を取る。

 そして、驚愕した表情になった。


「四家会議が、襲撃された――? 当主は無事なのですか?」

「みっちゃん、もう一回…。うそ…小杉さんが殺された? 一樹は?」


 会話を聞きながら夜弦は表情を消した。

 こんなに同時期に物事が起きるわけがない。どこかで糸を引く人間がいる。

 神崎の笑みが脳裏に浮かぶ。

 想像していたよりも随分と大規模に、夜弦を追いつめたいようだった。


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