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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
八章 ファム・ファタール
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八話『波乱の終わり…終わり?』

 ――探偵事務所では、それぞれが落ち着きを取り戻していた。

 倒れた椅子やパーテーション、散らばった書類、それらすべてを元に戻してまるで何ごともなかったかのような佇まいだ。

 来客用ソファでスンスンと鼻をすすりながら夜弦が座り、隣で百子が背中をさすっている。


「少しは頭冷えたかよ、ツル」


 保冷剤を頬に当てながら城野は菓子をいくつか机に置いた。

 その後ろから咲夜がお茶を運んできた。わずかながら、彼女から湿布の匂いがする。

 すまなそうな表情で夜弦は二人を見上げる。


「ええ、まあ…。すいませんでした、いろいろ」

「こうなったのも俺のせいだからな…。すまなかったな、ツル」

「まあそれに関して僕はまったくフォローいれたくないんですけど。八割がた所長悪いし」

「おっ、いきなり平常運転じゃねえかうるせえバーカ!」

「バーカバーカ! ヘタレ!」


 まるで小学生の言い合いである。

 百子は何も言わず、呆れかえった表情で二人を見る。


「誰がヘタレだバーカ! 無差別殺人マシーンに本当のこと言える勇気なんてないだろ!」

「僕だって話ぐらい聞きますよ!」

「つい十分前まで聞いていなかったよな!? 百子の話しか聞いていなかったよなアンタ!?」

「うっ…」

「何はともあれ、ひどい終わりでなくて良かったです」


 夜弦の助け船というよりは、また一波乱起こしそうな雰囲気で咲夜が割って入った。

 言葉の割には咲夜の口調は冷ややかだ。

 なにかを察したのか夜弦の表情がこわばる。


「私は死ぬと思いましたから。むしろ、誰も私の生存を期待していませんでしたし」

「さ、咲夜…」

「私の打撲も、潰れたナイフも、もろもろ平和のための犠牲として考えれば安いものですね」

「いや、ナイフを潰したのは咲夜…」

「は?」


 これまで誰も聞いたことがない程の低い声を彼女は出す。

 夜弦は「いえ」と言って姿勢を正した。


「…咲夜にはずいぶんな迷惑をかけたね。この二年間で僕が起こしたことの後処理だって、君の手配だろう?」

「ええ」

「君は僕の一番弟子だったし、父さんが咲夜を傍に置かせたのも冷静に考えれば分かるし…。本当に今まで申し訳なかった」

「夜弦兄さん…」


 咲夜はわずかに眉を下げる。

 しかし瞬きをすると今まで通りの表情に戻り、携帯を差し出した。


「それはそれとして、まずは華夜かよ姉さんとお話ししてください」

「くっそー!! よりによって華夜姉さんかよ! 夜風よかぜ兄さんは!?」

「夜風兄さんは当主の警護をしています。諦めて説教を受けてください」


 夜弦はよろよろと携帯を受け取ると部屋の隅に行き、「あ、はいお久しぶりです…」と肩身狭そうに話し出した。

 不可解な顔をする城野と百子に咲夜は解説する。


「華夜と夜風というのは私たちと同じ暗殺者です。血の繋がりはありませんが、まあ仲はいいです。彼らは普段は当主を護ることが仕事です」

「そんなにお姉さんが怖いの…?」

「逆らえません。当然、私も」


 目つきが一瞬変わったので相当怖いらしい。

 ぼそぼそと説教を喰らっている夜弦を遠目に見ながら、城野は気になっていることを聞く。


「どうするんだ、これから」

「いくつか後処理をしたら、私と夜弦兄さんはここには居られないでしょうね。…次期当主と、もともとは表立って生きられない暗殺者ですから」

「…そうか」


 咲夜は二人の表情を見て肩をすくめた。


「裏社会と手を切れることを喜んだ方がいいのでは? もっとも、現状キナ臭い事があるのでもうしばらく縁はありますが」

「ああ、『神崎元』だね~…」


 なかなか足取りを掴めない男。

 百子も調べているが、どうにも気持ち悪い感触を覚えていた。

 どうにもすんなりと調べられる割には、実のないものばかり掴ませられている。何やら遊ばれているような気がしてならないのだ。


 空気を読まず、城野のスマホが着信を知らせた。渡会と表示されている。

 慌てて持ち主が電話を取った。


「もしもし? …え? …なんであんたが」


 城野の手から保冷剤が落ちる。


「…ジジイが、撃たれた?」


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