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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
八章 ファム・ファタール
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四話『彼女』

 目を見開いた城野の上で、夜弦は喉を鳴らして笑う。


「それは――…」


 瞬きと共に、視線を百子に向ける。

 国家諜報部四家の内の二家、長子たちの視線がまじりあった。


「それは確かに、ちょっと欲しいかな」


 わずかに、言葉じりが揺らぐ。

 それを隙と見た咲夜は、ナイフの刃を握りつぶすと拳を夜弦の顔に叩きこもうとした。だが彼は見透かしていたようにあっさりと避けると、膝を咲夜の腹にめり込ませる。

 面白いように彼女は吹っ飛び、仕切りとして置いてあるパーテーションにぶつかると、盛大な音ともに共に倒れこんだ。わずかに呻き声が聞こえるので、生きてはいるらしい。


 一連の流れにより首への物理的な重圧から解放された城野は、百子の元へ歩いていこうとする夜弦の足を引っ掴んだ。

 あっさりと蹴り飛ばされた。


「まあ、思考の違いも力の差もあるとはいえ、さすがに二年も同じ空間に居れば連携の一つや二つは取れるよね…」


 夜弦は他人事のように呟く。

 ふと、彼は自分の横を見下ろした。そこには誰もいない。しかしまるで誰かに話しかけられているように夜弦は空っぽの空間を見ていた。

 幻覚でも見えだしているのかと城野は蹴られた箇所をさすりながら思う。

 顔をあげて周りを見渡し、「そういえば」と夜弦は言った。


「姫香さんは?」

「……」

「てっきりいるもんだと思っていたけど…彼女、どこ行っているの?」

「さあな。遊びにでもいってるんじゃないか」

「いつものハッタリはどうしたのさ、所長・・。そんな丸わかりな嘘、僕でも気づくよ」


 首を傾け、彼は城野に顔を向けた。

 城野が一番よく知る『夜弦』と、『国府津夜弦』が交互に顔を出しているようで混乱してしまう。

当然、どちらも同じ夜弦ではあるのだが――。なにか、異なっている部分があるような気がしなくもない。


「僕が来るって分かっていたんだろ? それであの子がいないってことは、逃がしたかなんかした?」

「少なくともあんたには会わせねえさ。そんなおっかねえ顔をしている男を見て泣いたらどうする」

「顔ぐらいで泣かないよ、彼女は」


 上体を起こしせき込む咲夜へ、一瞬視線を滑らせながら夜弦は続ける。


「『鬼姫オニヒメ』が、それぐらいでビビるわけないでしょ。誰よりも悪意と殺意に囲まれて生きてきた彼女が」

「……」


 これ以上の隠し立ては無用だ、と言外に夜弦は言っている。

 姫香が『鬼姫』であることも、その『鬼姫』をかくまっていたことも、全部知っていると――逃げ道はないのだと。


「何を驚くことがあるの? そのぐらい調べているに決まっているじゃないか。やみくもに殺してきたわけではないよ」

「嘘つけ…」

「結果から見ればそうかもしれないけどさ。…とある時期から目撃されるようになった、『鬼姫』と呼ばれる女の子。『鬼』の実の娘ではないかって話がある」

「実の娘だからどうするっていうんだ」

「殺すけど」


 なんてことない口調だった。


「『鬼』の関係者は全部殺すって決めているんだ。だから、あの子も殺さないと」

「あいつは、関係ないだろう…!」

「僕と彼女の問題だよ。所長、電話貸してくれません?」


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