三話『膠着』
――ずいぶんな自惚れだな。
城野は胸の中でつぶやくが、同時にその言葉を笑うこともできなかった。
遺骨ペンダントの件から始まり、スナッフムービー、テロ事件、誘拐、パーティー――それから、宗教団体への殴り込み。
その内いくつかを、主に力技で解決してきた中心人物は、夜弦だった。
目の前で見てきたからこそ分かる。城野では絶対に太刀打ちが出来ない。
そして咲夜はすでに夜弦に負ける前提で話をしていた。彼に二年間のブランクがあるとはいえ、それだけでは勝てるビジョンを抱ける材料にはならないのだろう。
「ずいぶんと自信家ですね、夜弦兄さん…」
「弱気で戦いに行くやつがいる?」
「戦うこと前提なんですか? この状況においても、まだ?」
ほぼ事務所側が無力化されたこの現状でも、なお夜弦は一勝負する気らしい。
「いや、でも咲夜、僕のことさっき襲ったし…」
「夜弦兄さんは、床にでも叩きつけないと冷静に物事考えてくれないからですよ」
「そこまで?」
「はい。現に、今の自分が冷静かどうかを見つめなおしてみては?」
咲夜は、首を絞められて目に刃物を突き付けられてなおもそんなことを言う。
ヒール役を一身に引き受けているような、そんな印象を城野は覚える。
だとしたら、これはあまりよくない。
――そもそもの原因である城野が死ぬのは構わない。だが、ほぼ巻き添えの形になった咲夜が死ぬというのは、穏やかな気分ではない。
そもそも上の判断で咲夜は来たのだ。そして夜弦の監視と、同時に必要以上の情報を与えないように言い含められているはずだ。だから、彼女に至っては一概にすべてが悪いとは言えない。
とはいえ、今の夜弦に行っても通じないだろう。
「待ってください」
百子が、震える声を発した。
「…『鴨宮』の嫡男が何?」
咲夜に対する口調とは打って変わって、低い声色になった。
目も百子に向けない。咲夜が反撃してこないか警戒しているのもあるだろうが。
「…とっくに廃嫡ですよ、あたし――いや、ぼくは」
「そう」
まるで無関心だ。わざとそうしているのか。
十四年前、『鴨宮』が『国府津』の情報を『鬼』に売った。結果としてそれが夜弦の母を殺すこととなる。
『国府津』の現当主が『鴨宮』にいかなる内容でかは不明だが、制裁を加え――諜報部内での立ち位置は著しく下がった。
だが、制裁を加えたとして失ったものは戻ってこない。『鴨宮』にとって運がよかったことは、現代日本であったことだ。一昔前だったなら一族郎党皆殺しにされていてもおかしくない。『国府津』は、そのぐらいの報復をする。
失ったものと同等のものを失わせようとする家だ。
服の裾をぎゅっと掴み、百子はゆっくりと夜弦の元へ歩き出す。
「バカ…!」
「百子さん!」
百子は戦うすべを持たない、そして『国府津』襲撃の発端の一族の血を引いている男だ。
夜弦の元へ行くのは自殺行為でしかない。
「なんか、みんな、自分が死ねば解決って顔しているから…。でもさ、ケンくんを殺しても、咲夜ちゃんを殺しても、得るものはないでしょう?」
「……」
夜弦は何も言わない。
百子は何度も生唾を飲み込んだ。
「たとえ廃嫡であっても――『鴨宮』の首、欲しくない?」




