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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
八章 ファム・ファタール
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二話『怒りの日』

 伏した城野の横っ腹に足を差し入れて仰向けに転がすと、夜弦はその喉元にかかとを押し付けた。

 鉄の入れられた固いかかとが城野の気管を圧迫する。


「がッ…!」


 両手で押しのけようとするも、力の関係は重力が味方している夜弦の方が有利だ。


一発・・って言ってたじゃねえか…」

とりあえず・・・・・と先につけていたはずだ」


 しれっとした顔で足下からの苦言を片付ける。


「あー、駄目だ、また腹が立ってきた…。僕、『鬼』のところまで行くのに十年以上かかったんだよ。やっと終わると思っていたら、最後の最後、美味しいところだけ持ち去られてさ…」


 場にそぐわない語りで夜弦はぼそぼそと文句を言う。

 今まさに、殺意をまき散らして、次のターゲットたる咲夜を鋭く見据えている人物から発されるものとは思えないほどに、呑気な喋り方だった。


「すっごいショックだったんだからね。そりゃあ記憶のひとつふたつ、失うよ…」


 かかとに力を込めると、城野はつぶれた声で呻いた。


「夜弦兄さん…」

「なに? 咲夜」


 目を細め、夜弦は愛弟子を見る。

 視線は首元、手首、義手、腰、そして足へと下がり、再び咲夜の目を見た。


「僕、命乞いは嫌いだって知ってるだろ? 時間の無駄だから」

「殺すには早計過ぎます。…話を聞いてください」

「嫌だよー。だって、今まで誰も話をしてくれなかったんだもの――僕だって聞かない権利は当然あるよ」


 まるで子供の戯言たわごとだ。唇をわずかに突きだすその様がますますその印象を強くさせる。

 それでも、夜弦は本気なのだ。

 圧倒的な暴力をもってして、取り上げられた復讐の恨みをここで晴らすつもりなのだ。


「…そのことに関しては、弁解をしません。確かにあなたに対して私たちは秘匿が過ぎました」

「そうだね」

「しかし、状況をろくに判断せずに瞬間的な感情の爆発によって殺害をし、後悔するのはあなたの悪い癖ですよ。夜弦兄さん」

「咲夜ちゃん何言ってるの!?」


 突然の酷評が始まり、百子は思わず口をはさんでしまった。

 首元を踏まれながら城野は「分かる」とかすれ声で同意する。


「時間の無駄だとしても、少しだけでも話を聞いてください」

「ええ…。わりと今の言葉ちょっとびっくりしちゃったんだけど、流すんだね…」


 夜弦は城野に視線を移した。

 その瞬間を逃さず、咲夜は動く。義手の拳を握り締め、みぞおちに叩きこもうとした。

 だが夜弦の腕によって軌道は逸らされ、右腕をひねられる。

 とっさの判断で振りほどこうとし、腕を振るとあっさりと指は離れた。次の手が本命だと咲夜は気づくも、もう遅い。

 夜弦は右手で咲夜の首を掴み、左手でナイフを掴んで彼女の目に突き付けた。反射的に義手でナイフの刃を掴むが、それ以上は首に力を入れられて動けない。首に巻いたストールはうまく掻き分けられていた。


「胸元に一本、左袖に一本、腰に大ぶりなナイフを一本、それから靴にそれぞれ一本。それが咲夜の標準的なスタイルだもんね。覚えているよ。袖のナイフは出しやすいようにしているってことも含めて、さ」


 袖に入れていたはずのナイフが近距離にあることで、その意味を悟る。

 最初から夜弦は、咲夜から武器を奪って応戦するつもりだったのだ。共に戦ってきた間柄であると同時に、夜弦は咲夜に戦闘技能を教えた一人……弱点や癖のひとつやふたつぐらいは分かっているはずだ。


「――誘いましたね」


 わざと咲夜から視線を逸らししたこと――あれは、ブラフだった。


「もちろん。この中で一番戦闘力が高いのはきみだから」

「お褒めにあずかり恐悦ですね…」


 刃を掴む手に力を入れる。もともと戦闘用に開発された義手だ、力をうまく使えばナイフぐらい折ることは出来るだろう。

 だが、それと同時に夜弦も咲夜の首に指を食い込ませていく。――わざと頸動脈を外して。


「いつもは冷静な咲夜が、そんなに焦って駒を進めるような真似をするなんてどうしたんだい? もしかしてこの人たちに情が湧いていたり? まあ、二年も務めていればそうなるか」


 だけどさ、と夜弦は笑う。

 その笑みに咲夜は生存本能から恐怖を感じた。


「僕に勝てる?」


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