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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
八章 ファム・ファタール
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一話『国府津夜弦』

 国府津夜弦は、無言のままに後ろ手にドアを閉める。

 カチャンと軽い金属の触れ合う音――鍵が閉められた音がした。

 この空間がまるで外の世界と断絶されたような心地になり、椎名百子は身震いをする。何があっても、助けは来ないのだ。…助けに来る人間など、いないと分かっていても。

 視線は依然として城野憲一に向けたまま、夜弦は口を開く。


「咲夜」


 無感情で平坦な声音だった。

 名前を呼ばれ、前原咲夜はわずかに首を動かした。それを返事と見なしたのか夜弦は続ける。


「――咲夜。これは、国府津家当主も関わっているのか」

「…はい、そうですね」


 言葉を選ぶためにか、わずかに言葉の間が開いた。

 しかし最終的に咲夜は取り繕うことを諦めたらしい。


「二年前、夜弦兄さんが記憶を無くしたときから、当主様は関わっておられます」

「ああ、なるほど、なるほどな…。そりゃ父さんが関わっていないわけがないもんな」


 なにが気に入らないのか、夜弦は苛立たしげに髪をかき混ぜる。

 厳しい眼光を宿したまま彼は全員の顔を見渡した。


「この中で、僕が記憶喪失だと知らなかった人間はいるのか?」

「……」


 城野も、百子も、咲夜も。

 何も、答えることが出来なかった。

 おそらくイエスでもノーでも事態はますます悪化するだろうし、それをどうにかいい方向にすることも無理なように三人三様に感じていた。

 つまり、この状況は詰んでいる。


 城野と咲夜とて無策でこの場に臨んでいるわけではない。黙って突っ立っていれば殺されることは目に見えている。

 殺されても仕方がない――とは思いつつも、生存への道があるならそれを掴みたいのが人というものだ。

 だがいくら考えても、良策は浮かばなかった。

 それほどまでに彼らは取り返しのつかない行いと時間を過ごしてきてしまっている。


「…みんな揃ってグルだったってことかよ。分かっていたけどさ…」


 どこかむくれた子供のように息を吐くと、彼は一歩前に出る。

 たったそれだけで、その場により一層強い緊張が走り抜けた。


「僕は、二年前のこの時期に――『鬼』を潰しに行ったはずだ。潰して、それですべてが終わるはずだったんだ」


 さながら教科書を読み上げているような、淡々とした口調。

 ついこの前までの、ゲームに興じたり、不条理さに叫んだり、ふとした話題の間に笑っていたような夜弦は、ここには居なかった。

 まるで別人のようだ。これまでの夜弦とは全く違う人間が、ここに立っているかのようだ。


「一人で何十人も殺すのは、大変だったんだ。いくら訓練していたって、人は何人も連続して殺せるように出来ていないんだもの。殺して、殺して、ようやくボスの前にたどり着いてさ」


 人差し指と親指を立てて銃に見立て、彼は「バーン」と子供らしく撃つ真似をして見せた。

 口元は弧を描いたが、目は一切笑っていない。


「不意打ちでわき腹を撃たれちゃって、みっともなく倒れてしまったわけだけど」


 情けない話だよね、と彼は苦笑いをした。


「でも、まあ、僕が死ぬ前にあいつを殺せばいいと思っていたんだ。そんな時に、僕は何を見たと思う?」


 銃にしたままの指で夜弦は城野を指した。

 城野の表情は揺らがない。片頬をあげ、黙って夜弦の言葉を聞いている。


「おまえが、あとから来たおまえが、『鬼』を撃ち殺したところだよ」

「よく覚えているじゃねえか。記憶喪失関係なく、忘れているかと思っていたぜ」

「ついさっき思い出したんだ。忘れられるか、あんなもの」

「で?」


 城野は真面目な顔をする。


「怒り心頭を発した国府津夜弦は、いったい何をするつもりだ?」

「それは順を追って話していこうと思う。でも、まずは」


 夜弦は一度長い瞬きをした。


「とりあえず一発殴らせろ」


 夜弦の肩が動いた瞬間、咲夜は後ろから「所長!」と焦った声で叫んだ。

 だが避けるには遅すぎる。


 左ほおにストレートを喰らい、城野は床に倒れた。



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