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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
七章 カウントダウン
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十六.五話『終わりの始まり、始まりの終わり、あるいは続きの再開』

 時刻は午前八時。

 城野探偵事務所に神妙な顔をした男女が三人、顔を合わせていた。


「…ツルが、とうとう思い出したか」


 城野の独り言ともとれる言葉に、咲夜は頷く。


「ええ。何があったかは不明ですが――『カンザキハジメ』という男が関わっているのは確かでしょう」

「その人について、何か調べはついたの?」


 質問したのは百子だ。

 化粧をしても青白い顔はごまかせていない。


「いいえ…。戸籍の中で該当する人間は一人いたそうですが、十数年前に失踪しているそうでどういう人間だったのかはまだ分かりません」

「『国府津そっち』の仕事なら手出しはしないけど、もしよかったらあたしの方からも調べてみようか?」

「それは有難いです。実のところ、こちらもあまり余力が無くて」

「どういうことだ?」


 咲夜は声を小さくした。


「…国家諜報部四家が集まって会議をしているんです。昨日から始まって…明日までですかね。それの警備とかなんとかで人員が割かれててんてこ舞いなのです」

「咲夜ちゃんは行かなくてよかったの?」

「本来ならば行く予定でしたが、こちらも事情が事情なのでボスから許可をもらいました」

「優しい職場だな。良かったじゃねえか、こっちのほうがそこそこ楽だろ」

「さて…どうですかね。いるかもしれないとち狂った侵入者を相手にするのと、絶対に来る怒り狂った夜弦兄さんを相手にするの、どちらがマシなのかは判断しかねます」

「……まあな」


 夜弦と連絡が取れなくなった十数時間前――。

 咲夜は、国府津家に向かいながら城野と百子にも連絡を入れた。


 ――夜弦の記憶が戻ったかもしれない。おそらくは、殺しにくる。

 そして

 ――今なら逃げられる。以前言ったように逃げ切れるかは分からないが。

 城野は、「明日の朝会えるなら事務所に集合しよう」とだけ言った。

 百子は、「ケンちゃんと一緒にいる」とだけ答えた。

 そういうことで今、三人が集まっているのだ。誰かの家で集まることも可能だったが、夜弦がどのような動きをするか予想が出来ない。ならば自分たちの仕事場で彼を待った方が被害は最小限で済むだろうと、そういう話になったのだ。


「ところで姫香さんは?」

「あいつは家に残してきた。何か察してはいるみたいだが…」

「後から来るかもね…。まだ調子は悪いんだっけ?」

「だいぶ回復はしたけどな」


 城野はまだ熱が三十七度台の義妹を脳裏に浮かべる。

 食事もとれるようになってきているし、特に大きな問題はなさそうだが、大事を取って留守番をさせた。

 夜弦が記憶を取り戻したなら姫香は確実に殺される。それも危惧してのことだ。


「サク、頼みがあるんだが」

「無理です」


 あんまりな即答に城野は目を細めた。


「まだ何も言ってねえぞ」

「どうせ百子さんと姫香さんを守ってくれって言いたいのでしょう?」

「…分かってんじゃねえか」

「無理ですよ。いじわるを言っているわけではなく、私が夜弦兄さんに敵うわけないですもん。努力はしますが、約束はできません」


 確信に満ちた物言いだった。

 夜弦の強さを心から信頼していることが分かるぐらいに。

 城野は真夏の出来事を思い返して何も言えなくなる。あの時、決着は城野の邪魔により有耶無耶にされたが――咲夜の多少の手加減があったといえ、記憶喪失というハンデがあるのが信じられないぐらい機敏な動きで咲夜を追い詰めていた。


「あと、確実に私も裏切り者判定出ているはずなので殺す気で来ると思います」

「でもあんたが死んだら誰が『国府津』に夜弦くんが記憶を取り戻しましたよーって報告するんだ」


 咲夜は右手を見せた。

 手首には腕時計のような機器が巻かれている。


「数年前から改良しているものなんですけどね、装着者のバイタルデータを即時送信し続ける機械なんですよ」

「すごいねえ」

「近未来的だ。で、それが?」

「死んだら脈も体温も何もかも下がるでしょう? 万が一連絡が出来ないまま死んでも、装着者わたしの死亡を感知したら『国府津』に送られて夜弦兄さん復活のお知らせを報告するということになります」


 城野と百子は絶句した。

 『国府津』は、咲夜が死ぬことを前提に置いている。

 夜弦の勝利を疑っていない。

 彼が『国府津』に帰ってくることだけを望んでいるのだ。


「そんな顔しなくても。別に見捨てられているわけでもないですからね。ただ、重要度で言えば夜弦兄さんの方が高い、それだけの話です」

「いいのか、それで…」

「人を殺してきたんですから、殺される覚悟もしていますよ。所長だってそうでしょう?」


 百子さんには申し訳ないですが、と咲夜はすまなそうに言う。

 弱弱しい笑みで百子は「大丈夫」と返した。


「誰もがあんたみたいに覚悟完了していると思うなよ…。だから整理をつけるための時間が欲しかったのにあっさり破ってくるんだもんなあ、ツル」

「彼らしいと言えば彼らしいね」

「それで、これからどうしますか? 夜弦兄さんがまっすぐここに来るとも限りませんし――いつまでも待っているわけにはいかないと私は思…」

「しっ」


 咲夜の言葉を城野は制した。

 静かになる室内。

コン、と外付けの階段を誰かが上る音がかすかに聞こえる。


 同時にその場の全員がおびただしい殺意を感じ取る。胸を刺すような強さの殺意を。

 それは足音が一つするたびに増してゆく。

 百子が青ざめた顔で自分の胸元を掴み、咲夜は険しい表情を作り、城野はまっすぐにドアを見た。

 足音が止まる。

 ノブに手が掛けられる。

 ほんのわずかな間を取った後――ドアが開く。


 そこにいるのは、ぞっとするほどに表情のない青年だった。

 姫香の感情の未発達さゆえの無表情とも、咲夜の無関心と諦観からくる無表情とも違う。

 まるですべての感情をどこかに忘れてきてしまったかのような、真っ白な無。

 さながら人形のような顔をしている。


 人形と違う点があるとするなら、こげ茶色の瞳にはありありと焔が灯っていた。

 憎悪という名の、焔が。


 誰もが言葉を発しない中、城野が一歩進み出た。

 目配せをされて咲夜は百子を自分の背中に隠すように立つ。


「よお、ツル。久しぶりだな」


 青年は何も答えない。じっと、品定めをするように見ている。

 城野は「違うな」と言って首を振り、再び青年へと視線を戻した。


 ニヤニヤと、不敵な笑みで城野探偵事務所の所長――そして『鬼』を殺した男は言う。



初めまして・・・・・国府津夜弦・・・・・











七章「カウントダウン」了




 前哨戦が終わったのか、終いの劇が始まったのか。

 もはやあとは転がるだけ。


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