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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
七章 カウントダウン
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十五話『相』

 ナイフに、バールに、バット。

 どれが一番対処しやすいか考えるならバットかな。バールはあの先っぽが刺さると行動不能になるし、ナイフなんて言わずもがなだ。

 もっとも、素手で武器を持つ人間と戦うべきではないのだが――。


「さあさあ誰から殺すの? おにいさん!」

「黙ってろ」


 身体の状態を確認。大丈夫、もう温まっている。

 足元から手ごろな石を拾い上げると男たちへ投げつけた。うまいことナイフを持った男に当たる。痛覚がないのかうめき声の一つも出さなかったが、注意は逸らせることができた。

 今だ。

 利き足で地面を蹴ると一直線にバットの男の下へ走り出す。一瞬、視線が合ったような気がしたがその直後には僕はもう跳躍していた。踵をねじ込ませるようにして相手の胸部を強く蹴る。勢いに耐え切れなかったようで頭ががくんと大きく揺れたのが見えた。

 瞬きする暇もなく僕は男の少し後ろまで飛び、肩から落ちてどうにか勢いを殺した。立ち上がった僕とは入れ替えに、男は地面に倒れる。

 突然仲間が吹っ飛んで驚いたのか思考が追い付かないのか、残った二人はぽかんとしている。僕は急いでバットを拾い上げた。これでどうにか戦うことが出来る。


「つぎは誰にする?」


 どっちも厄介なんだよな。ナイフの男は咲夜みたいに戦い慣れていると定石というのかだいたい決まった動きがあって予測しやすいのだけど、こういう素人でしかもヤク中なんて動きが全然読めないから怖い。

 僕が武器を手にしたのを見て、バールの男が動いた。なら、そっちから先に処理してしまおう。

 振り下ろされたバールをバットで防ぐ。キィンと甲高い音とともに衝撃が腕に来た。

 即座に足を振り相手のわき腹を蹴る。が、痛がる様子もない。くそっ、こいつもクスリのせいで痛みを感じないのか。

 そんなことしていたら視界の端でナイフの男が刃をこちらに構えて向かってくる。

 ああもう、めんどくさい! さっさと武器を取り上げて終わらせてしまいたい!

 というかいっそ車を奪って轢いてしまったほうが楽かもしれないと、そちらの方を見た時だ。

 運転席・・・の男と・・・目が合った・・・・・


「うぇ」


 確かにもう一人ぐらいいてもおかしくないけれど。

 最強の武器・車の使用者がいるなんて考えていなかった。ライトの眩しさで車内を見ることを諦めていたせいだ、ちくしょう。


 理性のある目をした男は僕に見つかったことを悟ったようだ。

 車体が僕を向く。容赦もへったくれもなく猛スピードで突っ込んできた。頭でいろいろ思う間もなく身体が動いた。

 直前まで引きつけ、ボンネットに寝転がるようにして身体を乗せる。衝撃を感じつつそのままフロントガラスから屋根、トランク、そして地面まで転がり続けた。大きな怪我ではないが、全身を叩かれたような衝撃がまだ残っており激しく胸が鳴っている。

 成功してよかったが、失敗していたら確実に骨は折れていたし、大事な臓器も傷つくか飛び出ていた。そう、あの男たちみたいに。


 僕と同じところに居たせいで、バールの男とナイフの男が車にはねられていた。

 ひとりはフロントガラスにひびを大きく入れ、ひとりは車体をへこませている。バットの男はタイヤの下敷きになっていた。全員動かない。

 …これ、あと少しでも動きが遅かったら巻き込まれて仲良くガラスに突っ込んでいたのかもしれないのか。

 昔、車を使った訓練をして見事に腕の骨を折ったことがあるがやっておいて正解だった。何ごとも経験と練習だな。あの時は殺されると思ったけれど。


 三人分の衝撃でとっさにブレーキを踏んだのか、それともアクセルから足を離してしまったのかは不明だが、車は停止している。

 土を払いながら運転席まで行き、ドアノブを掴んだ。

 ロックをしていると思っていたがそんなことはなく、あっさりと開いた。もしもロックされていたならバールでガラスを割ろうとしていたから手間が省けた。


「ぇあ…」


 焦点は他の男たちよりも確かだ。とはいってもクスリを使っている雰囲気はある。

 胸倉をつかみ外に引きずり出した。そして車体に身体を押し付け、噛まれない位置まで顔を近づける。


「神崎元について聞かせろ」

「し、知らな…」

「知っているはずだ。名前ぐらいは聞いたことがあるだろう」


 どうせ最後には喋らざるを得ないと分かっているのにどうして渋るかな。

 空いている手を首に当て、爪を食い込ませる。


「た、ただおれたちはあの人の仲間にアイス・・・を売ってもらっていただけなんだ…それで、金が無くて、そしたらあんたを殺せばタダでやるって…」


 アイス。ああ、覚せい剤の別の呼び方か。

 それにしても神崎がいったい何を考えているか分からなくなってきた。ここに呼んだということは理由があると思ったのだが。

 それどころか、神崎がいることを僕は期待していたのに。とんだ肩透かしだ。


「なあ…」


 と、男が逆に僕に縋ってくる。

 さすがにぎょっとした。


「死んでくれないか? なにかあの人に悪いことをしてしまったんだろう? 生きていたって仕方ないだろう? だったら死んでくれよ、なあ、頼むよ…」

「悪いこと…?」

「三人死んじまったみたいだけど、そのぶんおれに入るんだろう? おまえが死んだら誰か困るのか?」


 徐々に口調が早く、荒くなっていく。


「早く死ん」

「ふざけるな…!」


 僕は両手で男の首を掴み、締めた。


「僕が悪いことをしただと!? あいつに!? 何を! ふざけるなーーふざけるなっ!」


 力を込める。男が僕の服をもがきながら掴む。袖のボタンがちぎれた。

 男の顔がうっ血して紫色になっていく。

 女性の生首がフラッシュバックする。

 銃声。悲鳴。扉。暗闇。

 くるくると頭の中を周っていたパーツがぱちりと嵌った。


「思い出したよ! 神崎は、あいつはっ…! お母さんを殺したんだ!」


 お母さんの悲鳴を聞きながら、僕は棚の中で震えていた。

 そのときかすかに聞こえた侵入者の会話を僕はよく覚えていない。だけど、名前は記憶に残っていた。

 『かんざき』と『おじょう』。そう、確かに聞き取った。

 それから数年して、情報部からその『かんざき』は『鬼神』と呼ばれているそうだ、ということを伝えられた。

 神崎元と同じ人間かどうかは分からないが、ここまで来て違うということはないだろう。


「なにが死んでくれだ…! そんなこと死んでもするか!」


 ぎちぎちと締め上げていく。


「結局、まだ、終わっていなかったんだ…! 僕は『鬼』を殺しきれていなかった!」

「大事なことはぜーんぜん終わっていないんだね」


 いつのまにか、僕はかみさまの首を絞めていた。

 にこにこと赤い瞳で彼女は僕を見ている。


「もうこの人はいいでしょう?」

「……」

「さあ、おにいさん。次はどこに行って、なにをする?」

「僕は…」


 手を離し、後ずさる。かみさまはそこには居らず、事切れた男がずるずると地面に落ちていく。

 そのポケットから着信音が鳴り響いた。

 僕がぼんやりと聞いているとかみさまが「出てみなよ」と催促をしてきた。


 取り出してみると古い型のガラゲーだ。

 携帯のディスプレイには「1」とだけ表示されていた。


「…もしもし?」

『……。あ、マジか。もう終わったんだ?』


 くぐもっているとはいえ、電話の向こうの男の声に聞き覚えがあった。

 僕は息を止める。


『定時連絡が来ないからこっちからかけたらまさかの本人が出るとはね』


 顔が見えなくとも相手が薄く笑っているのが分かった。

 対して僕の顔は今、どうなっているのか。決して友好的な表情ではないだろう。


「神崎――!」

『こんばんは、国府津夜弦』



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