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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
七章 カウントダウン
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十四話『轍』

 黄昏時を過ぎ、夜が訪れた時刻。


「よっと」


 赤信号で停車したトラックの荷台――そこから僕は降りた。

 もちろん運転手に許可はとっていない。

 何食わぬ顔で歩道に移動していると青信号になりトラックは発信する。小さく手を振って見届け、あたりを見回した。

 工業地区のとある一角。いちおうここまで公共バスは通っているのだけど、この時間はあまりにも本数がなく、かといって悠長に歩いている暇もなかったのでたまたま通りがかったトラックに乗ったのだ。この工業地区にある会社の名前が荷台に刷られていたので恐らく行くだろう…という実質賭けだった。当たって良かった。

 タクシーを使う手もあったけれど、あの工業地区にこんな時間にラフな格好で一人というのは悪目立ちが過ぎる。咲夜は絶対に実家へ連絡をしているはずなので少なくとも事が終わるまで足がつくことも避けたい。


「寒かったな…」


 かじかんだ手をこすりながらひとりごちた。あんなところに乗って移動しようとするやつは気が触れているな。

 ミステリードラマだとあそこに死体を載せているのは見るけれど。


「この近く?」


 かみさまは水族館の魚のように僕の周りを回遊している。


「もう少し歩く。二十分もすれば着くだろう」

「そんなに遠いの?」

「嫌なら付いてくるな」


 どうせ疲れる身体も歩く足もないくせに。

 無駄話もそこそこに僕は歩き出す。冷え切った身体が少しずつ温まっていく。

 だいぶ早足だったようで予想よりも早く――十五分ほどでたどり着いた。

 フェンス越しに僕にとっての因縁の場と久しぶりの対面をした。


「…いやあ、すっかり変わってしまって…」


 寂しさを覚えなかったと言えば、うそになる。

 建物の影はなく、ただ草原が広がっているだけだ。夜の暗闇に呑まれてまるで海のように見える。

 ただっぴろい敷地の隅は機材置き場として使っているようで物品やら簡易トイレやらが置いてあり、そこだけ人の手が加わっている。

 ポケットから小さな懐中電灯を取り出して明かりをつける。それを口にくわえてフェンスを乗り越えた。

 ここまでは特に問題なし。


 さて――。

 こんなところに呼び出してきたのだから何にも用意していないわけはないと思う。

 プレゼントの一つはあってもいいだろう。


 フェンスに沿って歩いているとわざわざ乗り越えた意味がなかったことが判明した。

 ちゃんと出入口があったのだ。しかも開いている。

 言いようのない徒労感に包まれた僕の後ろでくすくすとかみさまが笑う。勝手に笑っていればいい。

 ふと地面を見ると踏み倒された雑草が目に入る。ライトで広い範囲を照らしてみると車のわだちでことが分かった。草の状態からみるにまだ新しい轍だ。

 つまりそう遠くない時間にここに来るまで来た奴がいるということになる。


「…誘われているな」

「あらま」


 車が走っていっただろう方向に目を凝らしながら僕は呟いた。

 あからさまに開かれた扉、轍、そして人気のない土地。

 僕をここで殺そうとしているのか?

 だとしたらなんだか回りくどい気がする。殺すのだったらもっと別の場所でもいいだろうに。

 まあいいや。進めばわかることだろ。

 扉を閉ざしていただろうチェーンを拾い上げて手に巻く。殴られた相手も痛そうだが殴る僕も痛そうだな。そんなことを考えながら。


 ライトで轍を照らしながら歩いていく。

 まわりはだだっ広くて変わらない平地なのでどのくらい歩いたのか分からなくなってきた。先ほどからずっと動いていることもあって汗ばむ額をぬぐう。

どこまで続くのかと視線をあげて、気が付いた。

 ――車だ。

 普段なら珍しくとも何ともない、軽の車。だがこんなところにポツンとあるのはあまりにも怪しすぎる。

人影を探そうと目を凝らした瞬間に、エンジンがかかる音がして車のライトがぱっとついた。


「っ!」


 暗闇に慣れた目ではあまりに刺激が強すぎた。

 左手で顔を庇うようにし、少しでも光から逃げるために横に飛ぶ。


 ぎりぎりまで目を細めて車の方を見る。

 人が、三人。僕へ向かってきていた。

 バール、バッド、それからナイフ。それだけが武器ではないだろう。

 銃は持ってきているのだろうか。警戒はしておこう。


 顔が分かるか分からないかぐらいの距離になったとき、あのウェイターもどきの格好をしていた野郎がいないことに気が付く。

 ここにいるのは神崎よりも老け、不健康そうな痩せ方をした奴らばかりだ。

 ラブレターを出したなら責任をもってきちんと本人が待っていろよ。期待はしていなかったが、それでも肩透かしを食らった気分になる。


「神崎元はどこだ?」


イライラを隠し切れないまま僕は問う。しかし男たちはへらへらと気味の悪い笑い声をあげるだけだ。

 馬鹿にされているのかとも思ったが僕とは違う方向を見ている。


「アレ? いま一番左の人と視線合った気がする! やっほー」


 隣で馬鹿やっている幻覚はこの際無視する。

 そもそも見も知らぬ他人同士が同じ幻覚見るはずないだろ。そこに存在していなければ同じものは見えないんだから。


 傍まで来ると独特の体臭が鼻を突いた。

 ――ヤク中か。

 

「おまえを――」


 一人が言った。


「おまえ、殺せば…クスリをくれるって、神崎様が…」

「はっ、神崎様ねえ」


 もしあいつ自身が強要してそう呼ばせているなら面白いな。

 こっちが恥ずかしくなってしまう。

 僕も実家で様付けで呼ばれていたことがあったような気がしたけど今は忘れておく。いやあ、記憶喪失って大変だな。


「クスリを使わなくて済むようにしてあげるよ。おいで」


 人はそれを死ぬっていうんだけど。



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