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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
七章 カウントダウン
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十三話『行』

 僕は吐き気を堪えながら立ち上がる。

 周りにいるのは気絶した女性と犬だけだ。それ以外には、まだ。

だけど直に人が来るだろうということは予測できた。

 ここにいたら警察に事情聴取される。拘束時間がどれほどのものかは不明だが、生首が二つだ。半日かかっても終わらないだろう。

 すでに敵は駒を詰めてきているというのに、こちらは悠長に半日も時間を使っていたらそれこそがけっぷちまで追い詰められてしまう。


 僕は逃げを選択した。


 このあたりの地形は頭の中に入っている。

 出来る限り狭く人目に付きにくいルートを選びながら走った。成人男性が走っている姿は悪目立ちする。

 脳裏に二人の生首がちらつく。目を半開きにして、虚空を見ていた。

 キラキラと輝いていた瞳はもう二度と動くことがない。

 幸せを口にしていた唇はもう二度と動くことがない。

 どうして君たちが、ただ平凡に生きていた君たちが殺されなければならなかった!


 アパートにたどり着き、鍵を折るような勢いでドアを開けると布団のそばに放置されていた携帯を手にする。

 無意識に咲夜・・を選んでいた。彼女ならすぐに理解できると思って。


『もしもし。どうしましたか――』

「咲夜」


 名前を呼ぶとぴたりと彼女は言葉を止めた。

 僕は挨拶も説明もすべてを飛ばして指示をする。


「神崎元を調べろ。早急に」

『…かしこまりました。漢字についてお伺いしても?』

「神崎はそのまま出てくるものだろう。ハジメのほうは元町のモトだ」

『なるほど。洗いざらいですか?』

「洗いざらい。すでに神崎が動き出している。目的は分からないが、すでに僕の顔と住居は特定されているようだ」

『なッ…』

「警戒をしろ、咲夜。どこに何が来るか分からないぞ――。僕ら・・が最も苦手な防衛戦だ」


 攻め込むことは得意でも守ることは苦手だ。自由に動けず、自分の存在を意識しながら戦いのは難しい。

 僕の下で訓練をしてきたからか、彼女も守る戦いは得意ではなかった。


「ある程度情報を収集、整理出来たら連絡をしてくれ。僕はこれから出る」

『出る? どこに行くのですか、夜弦兄さん!』


 通話を切り、そのまま電源も落とした。

 こんなことをしてもどうせ追跡を仕掛けてくるだろう。でもこれから行うことの邪魔はさせない。いくら身内であろうと。

 メモをもう一度見る。すでに場所は思い出した。


「なんだったの、これ」


 かみさまは僕の表情も思いも露知らないといった顔で聞いてくる。


「座標だ。――場所は、中規模のアミューズメント施設」


 ボウリング場やゲームセンターはあったが、遊園地と言うには物足りない施設。といっても僕は廃墟の姿しか知らない。

 随分前に廃業されている。工業地区以外の用途として娯楽施設を立ち上げたらしいが、上手く立ちいかなかったらしい。

 それを数年前まで『鬼』が拠点として使っていた。


「そこでお兄さんは何をしたの?」


 自問自答している気分だった。

 僕は答えず、びりびりに破いて口に入れる。さらに噛み砕いて飲み込んだ。


「気持ちわるーい」

「証拠隠滅と言ってくれ。こんなメモ、怪しい以外の何物でもないだろ」

「お兄さんが一番怪しいよ」


 僕は部屋に入ると咲夜から借りっぱなしになっていたブーツを引っ張り出した。改めてみるとこれ、軍用ブーツだな。

 部屋にあがると少ない服の中から動きやすいものを選び着替えた。


「武器は?」

「相手から奪う」

「あらまあ」

「仕方ないだろ、武器の調達をする伝手がないんだから。咲夜のところに今行ったら引き止められるに決まっている」


 そもそもこの部屋には安物の包丁が一本しかない。それとこんなひどい顔だ、怪しまれて持ち物検査されたときに包丁が出てきたら間違いなく署に連れていかれる。

 そんなリスクを冒すぐらいなら現地調達した方がまだいい。

 あの廃墟がまっさらになっていなければ鉄パイプやら瓦礫ぐらいはあるだろう。無くてもこの身体がある。


「どうやっていくの?」

「前はバイクだったけど、今はなにもないからな。電車で行くしかないか」

「ふふっ、庶民的」


 ブーツを履き、玄関を出る。鍵をポストに落とした。


 夜が近づいている。

 あちらにつく頃にはすっかり暗くなっているだろう。別にいい。何も見えなくても人は殺せる。



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