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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
七章 カウントダウン
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十二話『首』

 神崎の思惑がどういったものか不明だが、動きだしてはいるらしい。

 確実にシークレットパーティーの時に出会ったことがきっかけだろう。


 ――待てよ。顔も住所もバレているのか?

 かなりまずいのではないか?

 僕は敵について一切何も分かっていないというのに、敵の方はすでに一手も二手も先にいるというわけだ。

 どこから洩れてしまったのか――いや、それは重要ではない。公にはなっていないとはいえ騒ぎはいくつも起こしている。そこから身辺が割り出されていたとしてもおかしくないのだ。

 うかつだった…というより、ここまで執着されているなど夢にも思わなかった。


「…分かった。神崎に伝えろ。僕もおまえを見ていると」

「逃がしてくれるのか!?」

「黙れ。ここにいつまでもいるなら好きにさせてもらうぞ」


 言い終わらないうちに男は慌てて立ち上がり、脱兎のごとく走っていった。

 僕はそれを見送り、胃からすっぱいものがこみあげてくるものを何度も飲み込みながらメモを見る。

 電話番号ではないようだ。


「…なんだこれ。地図の座標?」


 辺に見覚えのある数字だ。どこで見たんだったか。

 頭が割れるように痛い。これも何か過去に関係しているらしい。


 これが何を示しているのかは後でいいのだ。今はとにかく、事務所の誰かに言わなくてはいけない。

 僕の所在地が分かっているということはいずれ探偵事務所に務めていることも分かるはず。僕だけを狙っているのか、目的も分からないままだが警戒をすることは無駄ではない。


 神崎元――。

 ウェイターの格好をしていた男。

 僕に殴り掛かってきた男。

 僕の過去を知っているらしい男。

 そして、奇跡的なめぐりあわせで同姓同名がいなければ岩木さんの兄ということにもなる。

 …まさかと思うが、岩木さんが実は神崎と繋がっていたとか…。考えたくもない。


 事務所メンバーに連絡をしようにもこのようなことになるとは思わず、携帯を部屋に忘れてきてしまった。急いで戻らなければ。

 咲夜さんか、百子さんか、…所長か。とにかく、誰かに。

 駆け足で元来た道を辿っていると、スモーク加工のされたガラスが嵌めこまれたワンボックスカーとすれ違った。それは一瞬僕の横で減速したが何事もなかったように一気にスピードを上げる。

 違和感を覚えて振り向くとナンバープレートにガムテープが貼ってある。それ以上観察する暇もなく車は見えなくなってしまった。どうしてわざわざあんなことを。やましいことでもしていると言っているかのようだ。

 …あんなものはどうでもいい。ただ、今は早く帰ろう。帰らなければ。

気が狂いそうだ。一人だけでは嫌な方向にどんどん物を考えていってしまう。


「…いやあぁぁっ! 誰かぁ!!」


 女性のつんざく悲鳴が僕の鼓膜を引っ張った。

 驚いて立ち止まり周りを見渡すと、犬を連れた女性が公園の入り口でへたり込んでいる。

無視しようとも思ったが尋常ではない様子だったこともあり、僕は迷ったあとにそちらに駆け寄る。誰かのお人よしがうつってしまったようだ。


「どうしました?」

「あ、あれ…」


 女性が震える指で視線の先――公園のベンチに置いてあるそれ・・を指した。

 耐え切れなくなったのか、女性はそのまま地面に崩れ落ちて気絶する。

 僕も同じように気絶したくなった。もっといえば、後悔をした。


「なんで…」


 この距離からではそれ・・が作りものである可能性ももちろんあるだろう。

 だけどあんなものをわざわざ作る悪趣味で暇な人間がいるのか?

 近寄って確認をしたくもあったが足が動かない。僕はその場にうずくまって呻く。


「おかしいだろ、こんなの…」


 夢ならさっさと覚めてくれ。

 これは最近の体調不良からくる悪夢なのだ。


 犬が気絶した飼い主を起こそうと鳴いている。

 腐りかけの生魚のような湿ったにおいが鼻孔に漂う。

 手の甲に爪を突き立てる。鋭い痛みと共に血がにじみ出た。

 口に含むと鉄の味がした。

 ――夢ではないとはっきりと五感が伝えてくる。


 何故こんなものが現実なのだ。


「どうして…どうして、こんな…」


 ベンチに生首が二つ、仲良く並んでいた。

 岩木さんと友幸くんの首が。

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