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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
七章 カウントダウン
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十一話『追』

 ざわりと胸騒ぎがした。

 理由は分からない。直感だ。


「…昨日から?」


 右側が青色で左側が緑色の髪をした青年は神妙な顔で頷く。

 奇抜な格好をした人たちだけど表情はみんな真面目で、真剣な目をしている。

 友幸くんはメンバーに恵まれているんだろうと頭の隅で思った。


「何かご存知ですか?」

「知っていることと言えば…夕方ごろにお邪魔して、鍋を一緒に食べて…。僕が帰ってからしばらくして、出かけた物音はしたよ。どこに行ったかまでは知らないな…」


 ふわふわとして纏まりのない説明であったが理解してくれたようだ。

 青と緑の青年は何度か小さく首を縦に振った。


「たぶんそれは買い出しですね。岩木のねえさん、俺らのために弁当作ってくれるんで」

「どんだけお人よしなんだあのひと」


 思わずストレートな感想が口から洩れてしまった。

 姉御肌なのか岩木さん。しかもねえさん呼ばわりってことはだいぶ付き合いがあるな。

 青年たちは「ほっといてくれないんですよ」と困ったように笑った。


「じゃあ、その買い出しのあとに帰ってきていないってことかな。いや、もう僕が知らないだけで帰ってきているかも」

「と、思ってチャイムを鳴らしてみているんですが…。あと、トモもねえさんもぜんぜん電話に出なくて」


 いくら寝ているとはいえあんなチャイムの連打だったらまず起きるよな。

 隣の部屋である僕が起こされているし。


「あいつ、遅刻なんてしたことありませんでしたし…今日に限ってすっぽかすことはないはずなんですよ」

「ライブのトリなんだっけ」

「念願のトリです。一番喜んでいたのは彼でした。だからノロでもインフルでも這って参加するはずなのに」


そこは素直に休んでほしいけども。


「それと…ねえさんにプロポーズするって言っていましたから。なおさらここでドタキャンだとかズラかるのはおかしいって思いまして」

「ねえさんといるならそんなこと許されないもんな」

「ウテナエルがあのねえさんをうまく丸め込むなんてできるはずないから」


 メンバーにもそのこと言っていたのかよ。いや、メンバーだからかな。

 この動揺を見ると友幸くんは普段から約束をすっぽかすタイプではなく、そのような前科もないらしい。だからこそわざわざメンバーの人たちがアパートに様子を見に来たのだろう。

 僕も手助けをしてやりたいが持っている情報が少なすぎる。


「ごめんね、あんまりお役に立てなくて」

「いえいえ。お話しありがとうございました。案外サプライズで先にライブハウス行っているかもしれませんし、たまたま電源入らないだけかもですし」


 そうであったらと願っているのがありありと伝わってきた。

 僕は慰めの言葉を軽々しく口にはできず、ただ「そうかもね」と安っぽい同意をした。




 もやもやとした気持ちを抱えたまま買い物に出かける。

 近くのスーパーまで歩きながらすれ違う人の顔をなんとなしに見る。その中に岩木さんたちがいるのではないかと期待したが、見知った顔はなかった。そんな都合のいい事なんて起きるわけないか。

 どこにいってしまったのだろう、あの二人は。

 二年間隣人としての付き合いがあり、さらにはここ最近お世話になっているので無関心ではいられなかった。人並みに心配だってしている。

 この胸のざわめきが杞憂であればいいのだが。


「……」


 カーブミラーを視線だけで見上げる。

 一定の距離を保ち男が僕の後ろを歩いていた。知らない人間だ。

それに、探偵としては失格だな。そんなに熱心に対象を見つめていては振り向かれたときすぐにターゲットが自分だとバレてしまうだろう。現に僕にバレているわけだし。


「こそこそしてるね」


 かみさまが僕の横で面白そうに呟いた。ミラーに彼女は映っていない。


「どうしよっか? 逃げる? 戦う?」


 わざと細くて人のいない道を選ぶ。

 しばらく歩くとまたカーブミラーがあったので後ろを確認するとまだついてきている。足を早めると慌てたように後ろで足音がした。

 三叉路に差し掛かった。僕は右に曲がり、人がいないことを確認するとくるりと半回転する。

 慌てた表情で男が曲がってくる。待ち伏せをしていた僕は腕を伸ばして胸倉をつかみ、そのまま地面に叩きつけた。


 強かに背中を打ち男が悶絶する。

 僕はそれを見下ろした。


「お粗末な尾行だな」

「ちがう、はな、話を聞いて」

「さっさと言え」

「これを、あんたに渡すようにと…」


 震える手で差し出されたのは小さなメモ用紙だった。

 手書きで数字の羅列が記されている。僕はそれを奪い取った。


「誰から?」

「し、知らな、ガっ!」


 強く腹を蹴った。

 平日で人は少ないとはいえ住宅街なので、騒ぎを聞きつけられる前に終わらせたい。


「おかしいな。お前には悲鳴をあげる口はあるのに質問に答える口はないようだ」


 息を吐く。

 尋問、得意ではないんだよ。


「何のヒントもなしに僕を追いかけられるわけないだろ。僕の顔を知っている人間から指示を受けたと思うんだがな」

「……」

「そいつは、男性だ」


 男の身体が震える。


「少し無愛想な奴だ。おまえはそいつのことがどうも苦手で、でも金に困っていたから従わざるを得なかった」


 当てずっぽうだ。岩木さんの言っていたように誰にでも当てはまること。

 女性だったらどう修正しようかと思っていたがどうやら正解だったのでイメージをしながらぽんぽんとキーワードを口から出していく。

 尾行を依頼するのだから碌な人間ではない。ハイテンションでフレンドリーな可能性もあるので、「少し」とつけることで曖昧にごまかす。

 金に困っているというのは靴を見て気づいたことだ。ボロボロですり切れたものを履いている。手入れもろくにされていない。そこそこの金を出してくれる約束かもな。


「ど、どこで聞いて…」


 うまく騙されてくれた。

 とは言え、下っ端だから情報もそこまで持っていないだろう。

 理由と目的がこの場で明らかになると期待しない。裏で糸を引いている奴だけ分かればいい。そいつに直接聞きに行けばいいのだから。


「吐けよ、失敗するわけにはいかないんだろ。そいつの名前だけ言えばいい」

「こ、殺すかもしれないって! その名前を言ったら、お前殺されるぞって言われたんだ!」

「――……んー…そう…」


 依頼人の名前が出ることで僕が殺しにかかると。

 そんなバーサーカーではないはずだけど。


「殺さない。僕に伝えたと、戻って言う役目を与えてやる。だから言え」


 生存させる理由を言ってやると落ち着いたらしい。

 僕の方も今回ばかりは騙していない。あとここで殺すと面倒だ。


「…直接会ってはいない。貰ったのは住所と写真だ…そして、その数字をお前に教えろと…」


 電話での指示か。

 今は大事なことではない。


「そいつの名前は?」

「か、…神崎」


 その名前が出た時、僕はやっぱりと思った。

 一回しか会ったことがない。あれっきりの邂逅で終わらせてはくれないんだな。


「神崎元と言っていた…」


 どうにも、あいつは僕を離してくれないらしい。



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