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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
七章 カウントダウン
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九話『好』

 その声からは感情をくみ取れず、固い印象を覚えた。

 僕もなんとなく緊張してしまう。かみさまが死んでから僕たちはまともに会話をしていない。

 咲夜さんの話を聞く限り姫香さんは自宅安静っぽいので、電話しているところは事務所ではなく城野家だろう。微妙に不定休なところがある事務所だが、普段通りなら所長は出勤しているのかもしれない。

 二人きりの話というのは久しぶりのような気がする。


「どうしたんですか?」

『話したかった。おまえと。でも、どれ、話せばいいか、分からない』


 天井を見上げながらその言葉の意味を考える。

 どれ――ということは、話す内容は決まっているということか。まあ、「声が聴きたかっただけ」というようなタイプではないもんな、姫香さん。

 彼女はそれきり黙ってしまった。僕も急かさずに次の言葉を待つ。

 たっぷりと間を開けた後、姫香さんはぼそりと言った。


『おまえ、私、殺したいのか』

「……」


 直球ストレートすぎではないか。

 僕は二度三度口を開いてはやめた。どの言葉を吐けば正解なのか判断ができない。


「何故そんなことを? 僕は殺したいだなんて思っていませんよ」


 安っぽいペテン師のような言い方に、自分のことながら思わず苦笑いする。

 これでは、本当のことを言ってくれない所長と同じではないか。


『あの子、言っていた。私とおまえ、黒い糸、繋がっている』

「…気にすることではないと思いますよ。僕は姫香さんを殺したいとは思いません」

私は・・お前に・・・殺されたいと・・・・・・思っている・・・・・


 ずっと考えていたのではないかと勘繰るほどに、滑らかに彼女はそんなことを言った。

 僕の肺は一気に凍り付いたようだ。息ができなくなる。


「……。出来るわけ、ないですよ」

『何故。おまえは、何人、殺した。私ぐらい、殺せるだろう』

「そういうことではなくて――そういうことではないんです!」


 ああ、くそ。そういう誤解を与えてしまっているのなら、姫香さんの前で人を殺すべきではなかった。


「僕が殺してきたのは、僕が殺したかった人たちです。あなたのことを殺したいとは思わないから、殺せない――殺せるわけがない!」


 自分に言い聞かせるように僕は言う。半狂乱だ。そんなことはないと必死に否定しなくてはならなかった。

僕の後ろでかみさまがくすくすと笑う。


『「本当に?」』


 その言葉は、姫香さんのものなのか、かみさまのものなのか。


「僕にそういうことを…言わせないでください。お願いします」

『私は、周り、不幸にしていく。坂本も、そう言っていた』


 坂本。あの教祖みたいな男か。

 僕が撃ち殺した男。


「あいつの言うことを真に受けないでください。たまたま運が悪かっただけで、みんなあなたのせいではない」

『…自分でも、分かっていた。夜弦、次は、おまえだ』


 嗚呼と僕は頭を抱える。

 話が平行線だ。彼女はもはや自分が害悪であることに固執してしまっているのだ。

 記憶が欠けたままの今に固執しようとする僕のように。


『そうなるまえに殺してほしかった。おまえ、苦しむの、いやだ』


 どうしてあなたはそんなにも自分の命をコマのように扱うんだ。

 いつだって一歩間違えれば死んでしまいかねない場所に彼女は飛び込んでいた。まさかあれは、無謀なのではなく自殺願望だったのか?


「あなたが死ぬ方がもっと嫌だ」

『そうなのか』

「そうですよ」


 僕たちは、口を閉ざした。

 互いに互いを理解させられないと知り、不毛だと気づいたからだ。

 姫香さんは小さくため息をついた。おもちゃを買ってもらえない子供があきらめた時のような。僕もこっそりとため息を吐く。彼女にも聞こえただろうか。


 ――どうしても殺したくないよ。でも、どうしようもなく殺したいんだ。

 そんなこと、言えるはずもなく。


 隣の部屋――岩木さんたちが外出するのか、通路を歩いていく音と声がした。

 友幸くんは今どんな気持ちで彼女といるんだろう。

 目を閉じる。「幸せ」を思い描こうとしたが、どうやら僕には無理なことだった。


「…姫香さん」

『なんだ』

「僕の記憶が戻ったら、結婚してください」


 さすがに驚いたようだった。

 僕も自分で何言っているのか分からなくなっている。勢い任せだ。というか気持ち悪いとさえ思う。

 ただ、岩木さんたちのように幸せになれる可能性があるとするなら、そういう道もいいなという願望だ。


『そういうのは、愛しあっている同士、するんじゃないのか』

「まあそこですよね…」


 かみさまがいたずらっぽい顔で僕を見ている。

 君は、そんな感情を抱いたことはあっただろうか。


「僕は…好きですよ、姫香さんのこと」

『ふうん』


 結婚というワードよりは驚かなかった。

 これでも結構緊張しているんだけどな。そもそもlikeのほうだと思っているのかもしれない。


『そうか。私も好きだ。おまえに初めて、会ったときから』

「ええ? …なんだ。気づきませんでしたよ」


 あっさりとした回答に僕は笑いだしそうになる。

 ロマンもなにもない。それが僕たちらしいと言えばそうだけれど。

 好きという意味がすれ違っていたとしても、うれしい事には間違いがなかった。嫌いだと思われていないだけよかった。


『…ちょっと痛み止め飲んで、寝る』

「ああ、そうですね…。お大事になさってください」

『今度兄さん、おまえ、話するって。その時、また』


 また会いましょうねとは言えない。

 出来れば来てほしくなかった。どんなに僕が取り乱してしまうのが予想がつかないから。

 そんなこと、言えるわけもなく僕はただ「では」とだけ言って電話を切った。


両化感情アンビバレントだねえ。憎悪の裏側は愛情だよ」

「やっぱり君は僕の幻覚だな。その言葉は僕も知っていた」

「わたしのことはどうでもいいのよ。お兄さん、早く決着をつけないとね?」


 かみさまはふわんと浮き上がり、意地悪な表情を作った。


「大事なものをぜーんぶ失う前に!」


 枕を投げつけると彼女は消えた。

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