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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
七章 カウントダウン
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八話『前』

 お花を摘みに行くと言って岩木さんは席を立つ。

 残されたのは僕と友幸くんのふたりだ。


「あいつの精一杯の慰め方だから許せよ。不器用なんだ、もとから」


 友幸くんはぼそりと言った。


「…サキなりに、おまえのこと心配しているんだよ」


 それから白菜を一口齧ると嫌そうな顔をして岩木さんの皿にのせた。

 やめろよ。


「数日前には宗教勧誘されたんだってな。すげえ気にかけてた」

「うん…友幸くん的には面白くないよね」

「まったく、ぜんぜん、これっぽっちも面白くない。おまえが気に食わない」

「そんなに」

「でもそういうところ含めてかわいいだろ、あいつ」

「おっと突然惚気るのはやめてくれ」


 友幸くんの頬が緩んでいる。

 岩木さんを金づるとして扱っているわけではないようだ。いや、べつに友幸くんをそういう悪人的な視点で見ていたわけではないのだけど。


「だいたい、気にかけてもらっているのはきみもじゃないか? 主に将来を」

「言うじゃねえか…」


 だって本当のことだし。

 温かいものを食べて、話をすると幾分沈んでいた気分が浮上してきた。だからなのか軽口も言えるようになってきている。友幸くんとしてはいい迷惑だろうけど。


「ちゃんと俺のバンドも軌道に乗ってきているんだよ」

「そうなんだ」


 軌道に乗ったバンドについて知識がないのでとりあえず会話を合わせる。

 メンバーが固まったとかそういうことかな。


「明日の夜、ライブがある。とはいっても合同のだけど…そこでトリなんだ、俺のバンド」

「へえ」

「それが終わったらさ……指輪渡そうと思って」


 岩木さんが戻ってこないか伺いながら、注意深く小声で友幸くんは言う。

 誰かに話したくてたまらなかったのだと予想できるぐらいウキウキとした表情だった。その相手が指輪渡す相手が連れてきた隣室の男でいいのだろうか。

 頑張ってねと言葉をかけようとしてはたと気づいた。


「お金は…?」

「バイトは確かにすぐやめてるけどちゃんと溜めてたんだよ俺は!」

「なるほどね」


 色々と言いたいことがあったけど言葉を飲み込む。

 まあ、岩木さんのお金で買ったものでないなら僕は文句は言わない。


「…結婚式は呼んでよ」

「祝儀は10万でいいぞ」

「ははは、言いよる。千円包んでいくよ」

「てめえ」


 もし本当にふたりの結婚式に出席で来たなら、それはどんなに幸せなことだろう。

 僕が僕のままであり続けられたなら、きっと叶うだろうけれど――無理だと確信していた。

「僕」は、どこかで崩壊する。そう遠くない未来に。


「なになに? ふたりで楽しそうなお話してるの。いれてよ」


 岩木さんが戻ってきた。

 会話は聞かれていなかったようで、他人事ながらほっとする。


「男同士の話だよ」

「そうです、友幸くんに金出せって脅されていたんです」

「てめえ」

「あはは、友幸がそんな強気なこと言えるわけないでしょ~」


 友幸くんが撃沈した。二回目だ。


「そういえば、岩木さんの下の名前ってサキなんですね。初めて知りました」

「うん。マエって書いてサキ。祖父がそういう変な名前を付ける人でね…」


 子供時代は嫌だったと岩木さんは肩をすくめた。


「父親もクライって書いてタダシなの。それで、兄は…モトって書いて、ハジメ。名前だけ並ぶと何が何だかって感じなの」

「お兄さん居るんですか」

「家出したまま帰ってこないけどね。生きてはいると思うよ。あ、探偵さんに頼めば探してくれるのかな」

「ああ…出来ると思います」


 家出人探しは何度かしていた覚えがある。百子さんが伝手を使って手篝を探すのだ。

 遠い地域だったら別の探偵事務所にも協力してもらっていたが、近場なら僕たちが動いていた。

 だいたいが探されたくない人だったので説得が大変だったけれど。


「ほんと? 気になったら頼んじゃおうかな…。もっとも別の名前名乗っているかもしれないけど…」

「岩木さんが知っている名前は?」

「うん、あ、両親が離婚してわたしは名字変わっているんだけど…。兄さんがそのままの名前を使っているなら」


 岩木さんも昔から苦労しているところがあるのだと思いながら次の言葉を待つ。

 彼女の口から出た名前は、どこか既視感を覚えるものだった。


「――神崎元っていうの」


 どうして、こんなにも頭が痛むのだろう。

 ちらりとウェイター姿の男が脳裏をよぎった。神崎なんて名字、まったくいないというわけでもあるまい。だけれど今の僕はどうしてもあの神崎がちらついてしまった。

 いやだな、あいつの言動や顔が離れない。恋する少女じゃあるまいし。



 頭痛により平静を保つのが難しくなったので、早々と鍋をごちそうになった礼を述べて僕は自室に戻った。友幸くんにはこっそり応援のジェスチャーを送って。

 あと、僕はプロポーズ前日のカップルの部屋に長時間居られるほど神経が図太いわけではない。


 ガンガンと再び痛みを主張し始めた頭を押さえながら布団の上に座る。

 ふと携帯ガラゲーを見ると着信のお知らせランプが点滅していた。

 咲夜さんと百子さんのどちらだろうと思いながら開けてみると――姫香さんだった。ほんの数分前にかけてきている。珍しい。


 一昨日以降、僕たちは言葉を交わしていない。

 かけなおすか悩んでいるともう一度姫香さんから着信が来た。ためらった後に、通話ボタンを押す。


「…もしもし? 姫香さん?」

『……夜弦。いま、いいか』



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