五話『鍋』
当たり前だが岩木さんの部屋は僕の部屋と間取りが全く一緒だった。
ただ、生活感とはこういうことを言うのだなと行儀悪く部屋の中を眺めながら思った。電化製品、タコ足配線、部屋の隅にはまとめられた雑誌、ともゆき、雑多と物が置かれている棚。
岩木さんはスーパー袋を下ろしながら恥ずかしそうにはにかむ。
「そんなに見ないでほしいの。散らかっているのはいつものことだから」
「散らかってないですよ。独り暮らしだから、こういう空間は好きです」
「夜弦君は褒めるのが上手ね」
「おい」
ここまで反応されなかった友幸くんがストップをかけてきた。
前見た時は髪の色は緑だった気がするのだが、見ないうちに染め直したらしい。全体は金髪だが一房だけ赤く染めてある。ピアスも銀色に光るものをじゃらじゃらつけていた。どうして清純な見た目の岩木さんと出会ったのだろうと不思議に思うぐらい近寄りがたい外見だった。
「お邪魔しています。えっと…友幸さん」
名前をどこかで耳にしていたかもしれないが、その時はたいして興味がなかったのだろう。初めて呼んだ、と思う。
めちゃくちゃ狼狽えた様子の友幸くんは僕の言葉を無視して岩木さんを見る。
「さ、サキ! その男はいったい!?」
「隣人の夜弦くんなの。あれ、見たことない?」
「あるけどそういうことじゃなくてさ」
「一緒に鍋しようって誘ったの。人が多いほど鍋は楽しいと思ったし」
ガンガンに会話を繋げていく岩木さん。そして気圧されていく友幸くん。
うーん、尻に敷かれているのがよく分かる。
「えっ、普通同棲している部屋に他の男呼ぶ!?」
「わたしが家賃と電気代払っているんだから誰呼んでもいいじゃない。大丈夫なの、夜弦くんは寝取りとかそういう分野の生き物ではないと信じているから」
岩木さんは「ね?」と言うように僕のいるほうに振り向いた。「ね?」ではないと思うのだが。
あとやっぱり岩木さんが家賃払っているのか…。友幸くん、さすがに食費ぐらいは払っているといいのだが。いや、人の家のことに首は突っ込まないでおこう。あと寝取りってなんだよ。意味は知っているけどそういうエロ漫画ワールドに巻き添えで突っ込ませるのはやめてほしい。
ぐうの音も出なくなった友幸くんはそのままに、岩木さんは座るところを作ってくれる。
「それじゃ、お待たせしました! 鍋食べましょう!」
その前にこの微妙な空気何とかしてくれ。
具が土鍋の中で煮えているのを見ると自然と心が和らいでいく気がする。
食欲をそそるようなにおいが鼻孔をかすめていく。
「いいか、俺より食べることは許さねえからな! 野菜ならいいけど肉は食うな!」
あと隣でヒモがなんか言ってる…。野菜も食えよ。
同棲カップルのお宅にお邪魔しているから仕方ないのだけど、友幸くんから敵意をすごく感じる。殺し合いの場で感じるものと比べると非常に可愛らしい程度のものであるが。
「まあまあ。いっぱい食べていいよ。夜弦君は前にお菓子くれたし、そのお礼もあるから」
「俺もあげた」
「あなたはポテトチップス一枚でしょ。それに一緒に食べたじゃない、有名店のパウンドケーキ」
なにやってんだ友幸。どうしてポテトチップスで張り合えると思ったんだ友幸。
「あ、いえ…それ前にも言ったと思いますが、事務所でもらったものをそのままそちらに流しただけなんで気にしないでください」
所長は人脈が広いのでお中元やお歳暮もよく来る。そのお返しでひぃひぃしているのを見ると季節を感じるよね~と百子さんが呑気に言っていたのも同時に思い出す。
食べきれないからと貰ったお菓子類を、当然一人暮らしの僕も食べきれないので隣に配ったりしていたのだ。そういう関りも時には大事だと咲夜さんに聞いていたので。
「謙虚だよね。ほら、煮えたよ。食べな食べな」
岩木さんは僕の前に置かれた小皿にぽいぽい大根やら鶏肉やら豆腐やらをいれていく。
瞬く間に山盛りになってしまった。病み上がりにこれだけの量を食べられるのだろうか。
「…いただきます」
「はいどーぞ」
すこし冷ましてから食べるとほわりと口の中に熱さと具の味と出汁が広がる。
…美味しい。
食べられないと思っていたのに盛られた分はすぐに胃に入ってしまった。
顔を上げると岩木さんがにこにこと僕を見ていた。一気に気恥ずかしくなる。がっついているところを見られていたかもしれない。
「うんうん、食欲があるのはよろしい。三大欲求の一つをクリアできればひとまずは心も安定してくるからね」
「はあ…」
岩木さんは豆腐を掬い取る。
お玉で僕をさし、彼女はいたずらっ子のような表情を浮かべた。
「さて、夜弦くん。なんか悩み抱えているようだけど、さしずめ――仕事の人間関係だね?」




