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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
七章 カウントダウン
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一話『熱』

 アルビノの少女を神と崇める宗教組織。

 そこを壊してから十数時間後。僕は体調を崩して横になっていた。


 枕元には清涼飲料水のペットボトル二本とコップが置いてある。額にはジェルシート。

 目覚まし時計は午後一時を指し示していた。

 秒針をぼんやりと目で追っていると僕の脇からピピっと小さな音が流れた。


「38.2度。さすがに疲れたのではないですかね。しばらく寝ていたほうがいいでしょう」


 咲夜さんは体温計の数値を読み上げた後にアルコールタイプのウェットティッシュで先端を丁寧に拭き、ペットボトルのそばに置く。

 この二年間で最も高い熱であったが、僕は何にも言う気になれなかった。

 熱もそうだが頭痛がひどいのだ。脈打つたびに痛みが強くなっているのか、痛みがあるから脈打つような感覚があるのかも分からなくなってきた。


「生存確認しに来て正解でした。独り暮らしの熱は辛いと同居人から聞いていましたから」

「うん…」


 咲夜さんの声は低くて静かな声なので頭痛に響かないのが一番いい。


 独り暮らしで体調を崩すと買い出しに行く体力がないのが辛い。

 かといって横になっていても誰がいるわけでもなく、事態は好転しないまま体調だけが悪くなっていくのは絶望と言うほかにない。

 今回はたまたま咲夜さんが様子を見に来て、這うようにしてドアを開けた僕を見、熱があることを知ると色々持ってきてくれたり買いだしてくれたから良かったけれど。

 ドラッグストアの袋がガサガサと音を立てるのを聞きながら僕はかすれ声を出す。


「…咲夜さん」

「なんでしょう?」

「所長に頼まれて来たの?」


 市販の解熱剤のパッケージを開けようとしていた咲夜さんは手を止めて僕を見る。

 作業をしながらでは話せないようなことがあるのだろうか。


「はい…言伝を頼まれたので」

「ふうん」


 あの人、自分で言えばいいのに。冷めた気持ちで僕はそう思った。

 実際に来られたらそれはそれで困るのだが。なぜなら殴り合い一歩前になって、そのまま別れて――それがまだ昨日のことだ。だから、心が少しも落ち着いていないのに訪ねてこられたら気まずいのは確かだ。今の感情だと気まずいだけで済みそうもないけど。

 百子さんに思わず零してしまった言葉も伝わっているだろうな。彼には悪いことをしてしまった。あまり思い悩んでいないといいのだが。


「今日を含めて六日後。その時にすべて話すというメッセージを預かっています」

「なんで六日後?」

「心の整理をつけるためだとのことです。昨日の時点では一週間とのことでしたので、一日引いて残り六日だとお伝えしています」


 咲夜さんって妙なところで几帳面だな。

 昨日ということは、僕と百子さんが歩いている間に所長と話でもしていたのだろうか。


「一週間か…。ちょっと長くない? そこまで不味い話?」

「互いに頭を冷やした状態で話したいのではないでしょうか。私もそう思います」

「冷静だよ僕は」

「私は期間の長さはともかく時間を置くのはいいと思っていますよ」

「なんで」

「喧嘩した次の日に冷静になって話し合いができるほどあなた方は大人なのかと、そう思っているので」


 容赦のない辛辣な言葉に僕は苦笑いする。

 まあ、子供だよな僕たち。

 僕に話を打ち明けられない所長も子供だし、そのことに他にも言いようはあったはずなのにすぐ癇癪を起してしまった僕も子供だ。

 そうしてすれ違って、すれ違って、挙句の果てに怒鳴りあって殴り合いに発展しそうになった。誰が見たって大人の話し合いではないだろう。


 …いや、考え直してみたけれど所長が八割ぐらい悪いのではないか。

 そもそもきちんと僕に話していてくれたら良かったのに。


 ――ここまで延ばしてきたということは、ある程度の覚悟が必要なモノであったりするのか。二年間も黙るほどの、よっぽどなこと。

 やはり、僕の記憶喪失になった原因にまつわることなんだろう。


「咲夜さん」

「なんでしょうか、夜弦さん」

「解熱剤より痛み止め欲しい」


 考え事をしたいのに頭痛がそれを邪魔する。

 脳みそを取り出して冷凍庫に突っ込みたいほど頭が熱く、痛みがひどい。


「解熱鎮痛剤なので大丈夫ですよ。痛いのは、頭ですか?」

「うん。…ずっとこうなんだ」


 早く思いだせと言わんばかりに、痛みが僕に訴えてくるようだ。


「姫香さんの様子は見てきた?」

「はい、ここへ来る前にお見舞いに行きました。…高熱出して寝込んでいます」

「はは…それは、あんまり嬉しくないお揃いだな」

「傷が影響しているのか、それとも『かみさま』という少女が関係しているのか…。どちらにしろ眠るたびにうなされていて、かわいそうです」


 かみさまが大きく関係しているだろう。自分の身代わりになって死んだなどと、気にするなと言う方が無理だ。

 僕が今姫香さんに会ったとしてかける言葉は見つからない。

それに、かみさまのことはいまだに僕の中で消化しきれていないのもある。――あの子が死んで、まだ一日も経っていないのか。ずっと前に死んだような、ついさっき死んだような、そんなあやふやな時間感覚を覚える。熱のせいかもしれない。


「さて、そろそろ帰りますね。夕ご飯は冷蔵庫です。一口だけでも食べて、薬を飲んでください。水分補給は忘れずに」

「…ねえ、咲夜さん」

「なんでしょうか。夜弦さん」


 君も僕に黙っていることあるでしょ。

 そう言いたかったけど、起きているだけでひどく疲れてしまった。


「…なんでもない」

「そうですか。また明日来ます、いつでも連絡してきてください」

「ありがとう…気を付けて帰ってくださいね」

「ええ、では」


 ドアが閉まる。

 鍵を閉めないと思いつつも僕は目をつむった。

 もし記憶を失っていなかったら僕は今頃どこで何をしていたのかをうつらうつら考えているうちに、眠ってしまった。


あと六日。それまでに熱が下がっているといいのだが。



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