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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
間章 グランギニョル
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二十三話『味方の味方は』

「小杉と言う男は恐ろしい人間だな。忠誠心だけで人を殺そうとする」


 黙る武蔵へ、ケンイチが嘲るように鼻で笑った。

 俺も口を挟まないことにする。ここからはこいつのステージだ。


「そして武蔵恋、お前も同じように忠誠心で人を裏切るぐらいのことはしてくれるんだろ?」

「と、いうと?」

「お前の雇い主の立場が危うくなったら即座に椎名と俺たちを売るつもりなんじゃないかと思ってな」

「当然でしょう?」


 悪びれもせずに武蔵は答えた。

 言葉遣いも心なしか丁寧になり、先ほどより壁を感じさせた。


「大切な主人たちに何かあったら大変ですもの。もしもこの件で深刻な事態になったら間違いなく売らせてもらいます」


 少し他人事として聞いていたが、俺も一緒に売られる立場なんだよな。嘘だろ。

 ふたりが言っているのはつまり、『鴨宮』が消したがっている人間ももこと『鴨宮』の葬式でめちゃくちゃ暴れた人間おれたちを現在あのきょうだいは庇っていて、それが露呈したらだいぶ不味いことになるということ。

 そうならないために、いざとなれば武蔵は俺たちを売ることできょうだいを救う――ということなのだろう。

 それは秘書としては間違えた行為ではない。間違えてはいないが、こちら側としてはすさまじく困る。


「主人の意向は無視か」

「いざとなれば仕方ありません。意向を尊重し立場を失ってしまえば元も子もありませんから」

「そうなんだが、困るんだよなぁ。個室と偽名まで用意してくれたあのきょうだいに悪いという気持ちは?」

「ありますが、わたしの仕えるべきは鴨宮三四子様と五十鈴様だけですから。おふたりが百子様をお守りしたいというので従っているまでです」


 味方の味方は、味方ではなく。

 武蔵自身は百子の味方ではないと言いたいのか。


「お前自身は椎名がどうなってもよかったんだな。あの場で死んでも」


 ケンイチの容赦ない言葉に一瞬武蔵が百子に視線を移す。

 本人の前ではっきりとは言えないようだ。でもさっきまでさんざん言いたいこと言っていたじゃねえか。


「…まあ」

「椎名、おれも味方は少ない方だが、お前もお前で大変だな」

「所長にこんな場面で同情されるとは思わなかったよね…」


 むしろいるのか、ケンイチに味方って。協力関係だとかはいるけど。

 敵ばかりな気がする。とばっちりで俺も恨まれていることもあるので迷惑でしかない。


「それで、わざわざこんな話にしたということは何か考えがおありなんでしょう?」

「おや。分かってもらえているとばかり思っていたんだがな」

「あいにくわたくし、頭の回転が悪いもので。どうかご教授願いたいものですが」


 なんでこいつら煽りあってるの。

 百子に至っては頬が引きつっているし。病室の主は数時間前に毒飲んで死にかけていたのになんで静かにしようって出来ないんだこいつらは。

 場所移すにしてもあまりにもデリケートな問題すぎて、結局百子には犠牲になってもらうしかない。災難だ。


「椎名百子を失うと困る。全力で保護しろ」

「それはそちらの事情ですね。わたしは主人たちを守らなくてはいけませんから、お受けできるとは限りません」

「お受けしろ」

「いやです」

「ふうん」


 ケンイチはごきりと首を鳴らす。


「ところで、最近おとなしかった『鬼』がまた動き出している」


 突然。脈絡もなく、文脈もまるで無視して彼はそんなことを言いだした。

 さっと武蔵は青ざめる。


「…どこでそれを」

「昔、詳しくは知らんが『鴨宮』と『鬼』は仲良しこよししていたんだろ? でもそっちがあるとき手を切った。そりゃ恨まれていてもおかしくないよな」

「百子様、あなた、何を調べてーー」

「今話しているのはおれだぜ、武蔵恋」


 …様子から見るに、この話に持っていきたかったのだろう。

 武蔵が味方か否なんてどうでもよくて、ゆっくりとこの話になるように誘導していたのだ。


 こいつが今したいのは、交渉。

 内容は俺たち三人の身の安全だろう。その切り札として提示するのは何か。


「鴨宮三四子と五十鈴がどのぐらい『鴨宮』に大切に思われているかはおれには不明だ。だが、会場から抜け出してもそんなに熱心に探されていないところから察するに、あんまり強い席にはいないようだな」

「……」

「そうなると、いずれ『鬼』に殺される可能性が無きにしも非ずじゃあないか」

「まさか。『鴨宮』をなんだと思っているのです」

「おれの妻は『鬼』によって殺された。なら、あのきょうだいだって殺されてもおかしくない」


 突拍子がなさすぎる。いや――おばさんと、あのきょうだいでは立場があまりにも違いすぎる。

 一般人と裏社会の機関の人間なんて。

 同列にして語るにはあまりにも無茶だ。情報をごちゃごちゃに提示して判断を鈍らせようとしているにしても悪手ではないか。

 武蔵も当然分かっているだろう。目が険しくなっている。


「今、あらゆる手を使って『鬼』の痕跡を辿って、動向を探っている。そっちも毒殺なんで馬鹿なことに手を出しているんだから当然同じように動向を注視しているだろうけどな?」

「……」


 ギリ、と武蔵が下唇を噛んだ。


「それとも、内部の争いに夢中でそんなことにも連中は気づいていない状況か?」

「ええ、そうでしょうね。彼らは大事なことの優先順位もつけられませんから」


 明らかに苛立っている。

 苦労しているのかもしれない。


「加えて『鴨宮』が今更調べてもこちらの情報量には追いつけない自負がある。時間と多岐に渡る伝手、それから執念がこっちにはあるんだ」

「…分かりました。百子様を見捨てればわたしの主人たちにも危害が及ぶと、そう——脅しているのですね? なんて卑怯な」

「卑劣はそっちの二つ名だろ? ま、そういうことだ。守ってもらおうじゃないか、命がけで」

「というか、なぜあなたがそこまで偉そうに言えるのかも疑問なんですが。『鬼』について実際に調べているのは百子様でしょう」

「指示しているのはおれだ」

「呆れた…。百子様、胃腸薬ぐらいなら定期的に届けられますが」

「うん、まあ今更だから…」


 ガシガシと武蔵は髪を掻きむしった。心なしか三つ編みも元気がない。


「はぁ…めんどくさ。やらなくていいはずの仕事が増えた気がする」

「受けるのか」

「口約束でならお受けしましょう。わたしにも、主人たちにもそこまで権力はありませんから期待はしないでもらいたい。そしてあなたがたと関わっていると物理的証拠に残したくはありません」

「別にいい。おれはただ、夜を安心して眠りたいんだよ。国家諜報部にいきなり枕を蹴られるのはごめんだからな」

「後ろだても何もないのに『鴨宮』に逆らっておいてそんな図々しい態度なら安眠できるでしょうよ」


 わりと不眠症だけどな、ケンイチ。

 おばさんがいなくなってから悪化した。明け方まで眠れないそうだ。だから、朝起きれない。


「……ハァ。今は時間が惜しいのでここで失礼します」


 恨みがましげな目で俺たちを見ると、武蔵は百子に丁寧な挨拶をして退室した。

 百子はため息をついてケンイチを見た。


「…お礼から述べたらいいのか、ちょっと怒ったらいいのか…」

「めっちゃ褒めろ」

「いいえ、まず文句ですね! そもそもお祖父さまの葬式に潜り込むとか、親族の集まりになぜか居たとか、いやもう何から言えばいいんですか!? 命知らずにもほどがある! 愚者の所業ですよバカ所長!」

「言ったれ言ったれ!」

「それを止めなかったケンジさんもケンジさん!」

「つらい」

「結果オーライじゃねーか。感謝しろ」

「ああもう! しかも武蔵さんに喧嘩売るなんて! あの人も危ない綱渡りしてるんですからねっ!?」

「知らん。おれはおれの身がなんとかなればいいから」

「クズ!」

「百子、諦めろ。こいつは生まれた時からクズだ」


 ぎゃあぎゃあと言い争う中でようやく日常を取り戻せたのだと実感する。

 この目まぐるしくすぎた一日は、まるで熱帯夜の夜に見た悪夢のようだ。

 色んな事が起こって、表向きは何も変わらなくても確実に何かが変わってしまったように思える。

 濡れた布でどんどん鼻と口をふさがれていくような、そんな気持ち悪い感覚が俺に付きまとっている。


 百子だって、ただの良心でケンイチに助けられたとは思っていないのだろう。

 ケンイチだって、なにもかもを丸め込めたとは思っていないのだろう。

 でもそれを表に出さないで俺たちはいつもどおりに接していく。


 いびつな均等の上で俺たちの関係は成り立っている。

 それが崩れるのはいつなのだろうとぼんやりと考えてしまう。もしかしたら、そう遠くはない未来ではないか。




 武蔵は、退室するときすれ違いざまに一言置いていった。


「ろくな死に方しませんよ、あなた方」


 だろうな。

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