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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
間章 グランギニョル
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二十二話『レンレン、お話ししちゃいます!』

 百子のいる個室に案内されたのは、二時間以上たってからだった。

 毒物が相手なので治療者側も二次被害も考えてかなり慎重に対応したのだろう。俺は医療のことをさっぱり分からないので流されるままだ。

 きびきびした動きの看護師に案内された場所は他の病室といささか空気が違った。言葉にしにくいが…こう、ホテルのスイートルームがある通路みたいな感じ。


「…なんだか、ドアからしてVIPルームって感じだ…」

「差額ベッド代いくらするんだろうな」

「…ん? おいケンイチ」

「なんだケンジ」

「ここ、百子の病室じゃないぞ。間違えたのかな」


 ドアの横にある、患者の氏名が書かれているスペース。

 そこには「椎名百子」ではなく「佐藤凛子」と、まったく見覚えのない名前があった。

 ケンイチは少し考えた後に何か納得したように頷いた。そして答えを俺に言わないまま、ドアを手の甲で三回ノックをすると挨拶も待たずにずかずかと入っていった。

 慌てて俺も入る。ケンイチが手振りでドアを閉めるように指示を出したのでその通りにする。


 果たして、ベッドに寝ていたのは百子だった。

 鼻には酸素カニューレが装着されているが意識はあり、俺たちに気づくと手を軽く上げてくる。元気か――とは言えない。顔が真っ青だ。


「お、きたきた」


 そして先客がいた。

 スーツを着こなした女性が俺たちを見ると椅子から立ち上がる。

 しめ縄かと思うぐらいぶっといみつあみが目に入る。どれだけ毛の量があるんだよ。

 ケンイチが小さく俺を小突いた。お前が応対しろってことらしい。俺が話している間に相手を観察し、脅威か否かを判断しようというのだろう。


「…ええと、あなたは?」

「国家諜報機関四の門、『鴨宮』。その鴨宮家に先祖代々飽きもせず使える『小杉』。その小杉家の分家である『武蔵』から引き抜かれて鴨宮三四子と五十鈴の秘書をやっている、武蔵恋むさしれんっていいまぁす。レンレンって呼んでね」

「ちょ、ちょっと待ってください」

「あなたたちの自己紹介はいいよ。もう知っているから。で、なにを待てばいい?」


 情報量が多すぎる。

 さいごのレンレンしか頭に残らなかった。あともう知っているってなんだ。


「国家…なに?」

「あれあれ?」


 レンレ…武蔵と名乗る女性は不思議そうに首を傾げた。


「百子様、話されていないのですか?」

「あー…うん」

「おれは知ってる。こいつは知らない」


 歯切れの悪い返事をする百子と口を出してくるケンイチ。

 武蔵の言っていることは分からなかったが、どうやらそれ関係で俺だけハブられていたことがあるようだ。

 自然と苦い顔をしていたらしい。百子が俺から目を逸らす。


「ふむ、とりあえずざっくり話すね。国家諜報部という国を裏から支えている機関があるんです。それはいいよね」

「いや、よくないんだけど」


 ぜんぜんよくないんだけど。何でいきなりファンタジックな話になっているんだ。

 武蔵は完ぺきに俺を無視して続ける。俺への説明じゃねえのか。


「諜報部に務めるのは四家。残酷の『国府津』、苛烈の『真鶴』、穏健の『湯河原』――そして卑劣の『鴨宮』。二つ名かっこいーよね」

「かっこいいかは分からないですが…え、でも鴨宮は防犯カメラとかの会社だって…」

「それは表の顔。いや、裏の顔かな。どうでもいいやそんなの」

「いいのか…」

「で、やっぱり? そういうすごい機関だと、上に立ちたい人間はごまんといるわけですよね。めんどうくさいと思うんだけど、不思議な人もいるもんだね」

「そうですね」

「特に『鴨宮』当主は誰になるのか、かーなーり揉めていてねぇ。爺さんが死ぬ前からどうするどうするって大騒ぎだったわけですよ」

「なんで揉めてたんですか」

「――他にも要因はあったけど、一番はあたしの存在があったから」


 百子がぽそりと言った。


「現当主の隠し子なの、あたし」

「初耳なんだけど」


 同時に納得もした。どうりで父親については一切触れないわけだ。


「言ってないもの。――あたしの存在は次期当主の座を脅かすってことで、名を変え性別を変えるはめになった。それでも安心できなかったみたいだけどね…」

「あれっ、でも百子の百子って」

「あたしの息子はちゃんとあるよ。戸籍は女だけど」


 工事しないあたりは優しい。優しくないな。毒殺しようとしていたんだから。

 「そんなわけで」と武蔵は話を戻す。

 イカれた感じの女性ではあるが、するべきところはきちんとする人らしい。


「百子様に消えていただければ、大きな問題は片付く。そのために今回百子様を招き、あのような場で殺しておこうとしたわけですわ」

「…死んだと確認をして安心するために?」

「お、理解が早い。みんなの前で死亡確認して、みんなでうまーく口裏合わせて、鴨宮家の息がかかった医師に死亡届書かせたりして、ぽーいってする予定だったのかも」


 あまり百子の前でそういうこと言わないでほしい。

 機嫌悪いオーラをわざと出してみたが、武蔵は分かっているのかいないのか。

 分かっていてもあえて無視ができる人間かもな。


「それで、今回百子様に毒を盛ったのは小杉。次期当主候補である鴨宮一樹様の長い付き合いである秘書。汚い事にどれだけ手を染めているかは分からんちんだけど、優秀な男だよ」

「そいつ罰されないのか!? だって百子を殺そうとしたんだぞ!」

「ケンジ。思い出してみろ。あの場で誰か一人でも椎名を救おうとしていた人間はいたか」


 百子が目を伏せた。

 俺は、つい数時間前のことを思い出す。

 誰もいなかった。みんな、マネキンのように突っ立って苦しむ百子を見ていた。

 あの中に、百子の父親や一樹という弟もいたのだろうか。あまり余裕がなかったので覚えていない。

 あいつらは肉親が死ぬ様をどんな気持ちで眺めていたのか。


「…いや…」

「うん、いなかったと思うよ? 小杉のじいさんがやったこともなかったことになる。なんせ邪魔でしょうがなかった百子様を殺した功労者だしね」

「あんた、百子の前で…!」

「落ち着いて。本当のことだから。あたしも分かっているし」


 百子が眉を下げながらさえぎる。

 武蔵は「おお怖い」といって肩をすくめていた。いますぐ殴りたい。


「唯一、こっそり味方に付いてくれているのが三四子と五十鈴。一樹の実の妹と弟、あたしからすれば腹違いのきょうだい」

「そして彼らに秘書として仕えているのがわたし、武蔵レンレンです」


 あの幼い姉弟に秘書がいるのは不思議な気持ちがしたが、機関の人間には当たり前のことなのかもしれない。とりあえず俺には未知の世界だ。


「正直乱入してくれて助かったよ。三四子様と五十鈴様、それにわたしだけじゃうまく動けなかったから」

「あのきょうだいは…今は大丈夫なのか?」

「うまく切り抜けられたからこそわたしがここに来たって感じ。まあ、あなた方にはちょっと罪をなすりつけたけど」

「…どんな?」

「建物内の自動装置のハックと、防犯カメラのデータクラッシュ。うふふ、まさか鴨宮家の目の前で防犯カメラをクラックとか罪深すぎてワロス」

「非常扉を閉めたことと、駐車場ゲートを開いたこと。それからおれたちの映る画像に細工してくれたということでいいんだな」

「大正解です、おじさま。うーん、クールで頭の回転が速い人は憧れちゃうナ」

「とりあえずおれたちにとっちゃ順調に事は進んでいるんだな。よかったよかった。そんで」


 ケンジはニヤニヤと笑う。

 あ、これはなんかやばい質問が出てくるぞ。百子も察したのか表情が固まる。


「あんたさんは味方なのか?」

「ええ、もちろん」

「すまない、質問が不十分だった。武蔵恋は・・・・椎名百子の・・・・・味方なのか・・・・・


 武蔵は、黙って微笑んだ。

 肯定も否定もしないままに。



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