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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
間章 グランギニョル
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二十一話『利害(毒しかない)』

 指定された病院につくとすでに連絡が行き届いていたのか、百子はすぐに緊急治療室の奥に運ばれた。

 そして俺とケンイチもなぜか看護師に引っ張られしばらく酸素を吸引させられた。そしていくつか問診を受けた後、問題はなかったのかぽいっと待合室に放り出された。


 先に出ていたケンイチが俺を見ると片手をあげ、無言で歩き出す。

 俺は駆け足で追いかけた。


「おい、待てよ。百子はどうなったんだ」

「胃洗浄をしていると医師から聞いた。――その処置ができているってことは何とかなると思う」

「全然何言っているか分からねえよ。何が起きたのかもさっぱりだ」

本当に・・・?」


 ぞっとするほど冷たい言葉に俺の息は一瞬止まる。


「ケンジ。お前、何年オレにくっついてきた? それでなお『何が起きたのか』って聞くのか」

「……」

「ちょうどいい。あの喫煙所、隔離されているし無人だ。そこで話そう」


 従うほかない。

 喫煙所に入るとケンイチは煙草をくわえた。俺が火をつけてやる。ついでに一本拝借した。


「…何が起きたのかってことだけど」

「おう。言ってみろ」

「『親族が百子をあの場で殺害しようとした』でいいのか」

「正解」


 紫煙を吐きだしながらケンイチは「分かってんじゃねえか」と言う。


「椎名が飲まされた液体。断定はできないが、青酸カリだ」

「青酸カリって…あの、ペロッてするやつか」

「まあそうだな」

「やばい毒じゃねえの!?」

「やばい毒ではあるが対処療法しかないフグ毒よりはまだマシな部類だぞ。それでも一般人でなんの備えもしていないオレたちが病院まで運ぶっていうのはなかなかに無謀だったけどな」

「…説明を頼む」

「青酸カリと胃酸が混じるとシアン化水素が発生する。そいつが肺に流れ、体内をめぐり、低酸素に陥らせる。低酸素になると、ざっくり言っちまえば脳みその大事な部分がダメージを食らって死ぬ」

「うん」

「椎名の呼気を吸うなと言ったのはこういうことだ。二次被害でオレたちも低酸素状態になりかねないところだった。それは互いの幸運でどうにかなったみたいだけどな」

「ちょっと待てよ…。じゃあそれを知っていて俺に百子を担がせたのか」

「青酸カリかどうかは賭けでしかなかった。それに、一応こういう知識があるオレが倒れるのとお前が倒れるの、どっちが生存率高いと思う?」

「……俺が倒れること」

「そういうことだ。そしてあのきょうだいもなかなかいい仕事をしてくれた。なんせ青酸カリの経口摂取の場合に取る処置は胃洗浄と酸素、亜硝酸あしょうさんアミルの吸引、亜硝酸ナトリウムの注射」


 まったく理解できていないがとりあえず頷いとく。

 ケンイチは煙草をもう一本取り出し俺の吸っている煙草から火を奪っていった。


「亜硝酸アミルと亜硝酸ナトリウムは取引はされているが、ほとんど使われてはいない。とくに亜硝酸ナトリウムのほうは注射するための液体を作らなくてはならない。事前にすぐ対処ができる病院へ連絡していたんだと思う」

「事前に対処って、どういう?」

「亜硝酸アミルは狭心症の適応薬剤。この病院、でっけえ心臓病センターがあるから置いてあっておかしくない。まあ――あと、さっきなんとなく調べていてなるほどと思ったんだが」


 おもむろにケンイチは俺に携帯画面を見せてくる。

 そこに書かれていたのは、とある自殺のニュース。場所は現在いる区の名前。


「硫化水素の自殺者がここに運び込まれてきたんだろうさ。一時期ブームかってぐらいあったな。それの治療にも同じものを使うんだよ。あのきょうだい、おそらくはこれも知っていてここに送り込んできたんだ」

「…迅速に処置ができるから…」

「そう。ただ、あの年齢でここまで素で考えられるのかは怪しい。前々からそういう話を聞いていたんじゃないかと、俺は思うがね」

「ずっと前から、百子は殺害される予定だった…!?」

「ああ。ま、それは当人の口から聞けばいい。そんなに重症ではないといいんだがな」


 すっかり短くなった煙草を灰皿にねじ込むとケンイチは背伸びをした。


「そろそろ戻るぞ」

「ケンイチ」

「あ?」

「あんた、なんでこんなに危険を冒した? 義理の息子だってたまに見捨てようとする男が、所員をこんなに体張って助けようとするのには何か意味があるんじゃないか?」


 ひどい謂れようだな、とケンイチは笑った。

 確かに言ってて俺もずいぶん言ってしまったが事実だ。「鴨宮」に喧嘩を売ったようなものだぞ、これは。


「利害関係が一致でもしないと、こんなに――」

「一致しているんだよ」


 紫煙の残滓にまぎれ、ケンイチの顔がよく見えない。


「万里江さんを殺したヤツの足取りがもう少しで掴める所まできた」

「は」

「今まで出てきた情報を統合して椎名が確実な結論を出そうとしている。だから今あいつに死なれたら困る」


 やっぱりなという気持ちが素直に心に浮かんだ。こいつはこういうやつだ。

 そしてもうひとつ。

 ケンイチは、犯人を見つけたら殺すつもりなのだと直感で思った。おそらく、なにを犠牲にしても。


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