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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
間章 グランギニョル
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十九話『百子の所在』

 最近の通夜ぶるまいは肉魚が出るので俺は好きだ。

 こんなところじゃなければ一口ぐらいは食っていただろう。今は気持ちが悪くて仕方ない。人に酔ってしまった。

 俺を誘った張本人も一応食べ物を皿に持ってはいるが、食べる様子はない。


「ケンジ」


 せっかく偽名あるのに。まあいいや。


「なんだ」

「この中に遺族と親族はいるか」


 言われてみれば。

 親族の席に座っていたのは何人かいるが、遺族はひとりもここにいない。

 百子も先ほどから探しているが影すら見つけられない。


「いないな…」

「じゃあ別の部屋か」


 皿をテーブルに置くと、ケンイチはさっさと出ていこうとする。

 相変わらず動きの読めないやつである。

 俺も特にこの場に名残惜しくはなかったので黙ってその背中をついていく。


 通路にある案内板を見てきょろきょろとしたのち、ケンイチは迷いのない足取りで歩いていく。こいつ俺が知る限り一度も道に迷ったことがないのでそこは素直にすごいと思う。

 人が溢れ輝かんばかりの光があったさきほどの会場とは違い、しんとした通路を進んでいく。どこか寒く、不安になってきた。


「どこに向かって…」

「しっ」


 平手打ちのような勢いで口をふさがれた。くそ痛い。

 ケンイチに耳を澄ませてみろという仕草をされたので集中してみる。

 ぼそぼそと曲がり角から話声が聞こえた。


「やっぱり……救急車を…」

「どう説明を……だって小杉は…」


 さっぱり内容がわからない。


 顔をしかめる俺へ、ケンイチは行ってみろ。と身振りをする。

 嫌だ。と手を振る。

 いいから。お願い。とジェスチャーが返ってくる。

 本当に無理。と首を振る。

 最終的に蹴り飛ばされた。

 ジェスチャー(物理)やめろ。


 薄暗い廊下にいたのは、あの少年と少女だった。

 並んでいると制服姿も相まって高級なキャスト・ドールのようだ。


「あ…さっきのトイレ…」


 驚きを隠せない顔をしながら少年が言う。

 せめて「さっきのトイレで会った人」って言えよ。俺がトイレのようではないか。


「この人だれ、五十鈴」

「三四子は下がっていて」


 最初っから警戒心マックスである。


「あー…」


 ここでハンカチを出したらもっと怪しまれるのだろうか。

 でも変に疑われて人を呼ばれるともっと困る。ここに来た意図はケンイチにしかわからないので、もし俺だけとっ捕まったら絶望的である。ちなみにこのクソ上司は平気で人を置いていく。


 悩んでいると、横からスッとケンイチが手を出した。

 その手には藍色のハンカチ。

 ――いつのまにスりやがった、このクソ野郎…。


「落とし物ですよ、ご子息様」


 あからさまに眉間にしわを寄せた少年へ、うさんくさい笑顔でケンイチは言う。

 この手の人間には慣れているのか少年も少女も怖気はせず半眼で睨みつけている。よく似た動作だ。


「おまえら、外部の人間だろ。なんでここにいる」


 ん? 「なんでここに」ってことは、この先には内々の人間がいるってことか?


「まあまあそんなにツンケンするのはおよしになってください、ご子息様。私共はただ会いたい人がいるだけなのでございます」


 どこまでもうさんくせえな…。

 この場でさらにうさん臭くなってどうするんだこの馬鹿。


「おちょくっているのかっ」

「半分ぐらいは。なあケンジ?」

「俺を巻き込むな」

「さて、お遊びはここら辺にして――椎名百子はどこにいったか、分かるか?」


 切り替えが急で、しかも温度差がありすぎだ。

 一瞬理解できなかったのは俺だけではなかったらしい。

 少年たちは互いの顔を見、ケンイチの顔を見た。受け取られないハンカチは引っ込めたケンイチの手にまだ残っている。


「百子お兄を、助けてくれるの?」

「百子お兄ちゃんを、助けてくれるの?」


 予想外の言葉であった。


 その目に宿るのは懇願。

 あまりにも必死な形相をしており、年端もいかぬ少年少女がしていい表情ではなかった。

 俺は息が詰まったような気分になりとっさに声が出ない。


「百子お兄はあっちにいる」と、少年は言う。

「百子お兄ちゃんを連れ出して」と、少女は言う。

「殺されてしまう」と、二人は言う。


 …殺される? 百子が? どうして?

 呆然としていると突然耳に激しくせき込む声が飛び込んできた。もう少し奥にいった部屋からだ。

 少年と少女はとっさに振り返りそちらへ駆けて行った。止める間もない。


「これはまずいか」


 ケンイチがつぶやく。

 何も察せない俺だけが馬鹿みたいだ。


「行こうケンジ。百子の通夜に出席したくないなら」


 笑えない冗談をやめろ、とはなぜか言い出せなかった。

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