二十四話『誰が殺した』
――神は死んだ。
有名な言葉といってもいい。
ニーチェが、神の存在をおろそかにし、信仰を失いつつあるさまを言ったものだ。
神は死んだ。神は死んだままだ。
我々が神を死なせたのだ。
あらゆる殺害者の中の殺害者である自分たちを、我々はどう慰めればいいのか?
ああ。この状況にぴったりだ。
ニーチェが言いたいこととは違うだろうが、言葉だけみれば笑ってしまうぐらいにこの場に適しすぎていた。
味方かも敵かも分からない少女だった。しかし、目の前で姫香さんをかばって死ぬのを見てしまった僕は動揺する。
どうして、というのは少女にしか分からないことだ。
彼女は彼女にできることをした。ならば僕も僕にできることをする。
誰かが祭壇にふらふらと近寄る。
僕はうなり声に似た声をあげた。
「姫香さんに触れるな」
びくりと誰かが動きを止め、僕に顔を向ける。
仮面を被っているから目線の位置もどんな顔をしているのかも分からないけど、興味ない。
もしかしたら白い少女に触れようとしたのだろうか。
そんなことはどうでもいい。
ただ、もう、だれも姫香さんには近寄らせたくない。白い少女が命をとして守ったものを僕が引き継ぐべきだと思ったから。
僕が姫香さんを殺したがっていると言われてもだ。
「もしも触れてみろ。そして傷つけてみろ。死ぬまで後悔させてやる」
「後悔するのはテメェだ――!」
少し離れたところから声が上がった。
「お前が来なければ! その女がいなければ! 『かみさま』は死ななかったのに!」
時々声をひっくり返しながら誰かは叫んだ。呆然としている奴らの中で一番立ち直りが早かったらしい。
僕は鼻で笑いかけ、三澤を思い出して止める。
人の信仰を笑ってはならないな。
「『かみさま』を殺したのはそこの男だろ。僕たちは何もしていない」
腰を抜かして過呼吸を起こしている、白い少女を刺し貫いた人を指さす。
一斉に注目がそこへと集まる。
自分が話の中心になることを避けていたのだろう。必死で身を縮め目立たないようにしていたが、僕の一言で無駄になった。
もともと姫香さんを殺すつもりだった人なのでかわいそうとは思わなかった。
その人は這いつくばるようにきょろきょろと周りを見渡す。
いったいどのような視線が彼に向けられているのか。
長くここで暮らしていると分かるようになるのだろうか、目に見えて焦っているのが伝わってきた。
「あ」
手にした儀式のための刃物。
「あ、あ」
『かみさま』を殺したという、重圧。
「ああああぁぁぁあああああ!」
結果は火を見るよりも明らか。
分かったうえで話を振ったのだから僕もたいがい性格が悪いと思う。
パニック状態になったその人は自分で自分の首を刺した。
しばらくうめいた後、体をけいれんさせ、口から血を出して、動かなくなった。
僕は見届けた後に周りをぐるりと見渡す。
次に注目されるのは、そりゃ僕だよな。知っていた。
「三澤は『虎』、近藤は『龍』だったそうだね。君たちはどこに所属していたの?」
答えてくれるだろうか。
それとも誰か指名しないといけないかな。
「三澤と近藤はどうした?」
「僕が先に聞いているんだけどな…いいよ。答えてあげる」
こころなしかみんなこの祭壇に近づいてきている。
四方を囲まれている形なのですこし気圧される。
僕は身体の調子を確認し、息を整えた。
「殺したよ」
その場の全員が言葉を理解する前に、僕は手ごろなベンチに手を伸ばした。




