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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
六章 スケープゴート
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十九話『お話を聞こう(過激)』

 ――頬を爪が(かす)る。

 皮膚の上がれる感触とともに痛みが走った。

 それぐらいならどうでもいい。笑えなくなっても、話せなくなっても、こいつを殺すことができればそれで。


 三澤の首を掴む。

 彼の首は太くて、そして丈夫に思える質感だった。このままぺきりと折れるほど弱いとはとても言えない。

 逆に、三澤に掴まれた僕の手首のほうがミシミシと音を立てている。どちらが折れるのが早いか、というやつだ。


「あの日の再現か」

「別に」


 たまたまこの形になってしまっただけで、別に『虎』襲撃時の模倣をしているつもりはない。

 殺し方にこだわりなんてない。

 僕は『鬼』の人間じゃないんだ。ただ相手が死ねばそれでいい。


 指先に力を入れる。爪が食い込む。

 三澤の目が大きく広がるのがよく見えた。そこに映る僕はどんな僕だろう。


 潰れそうなほどに手首が締め上げられる。

 でも、もう遅い。


 骨を砕くことと皮膚を破くこと、どちらが難易度が低いかを考えるべきだ。

 三澤は一瞬でも自分の勝利を確信したのだろう。そんなこと関係なくさっさと手首を折ればよかったのに。

 それならそれで、別の身体の場所を使うが。


 指の第一関節までが完全に潜った。

 生暖かい、柔らかいものの感触が僕の爪の先から末端まで駆け巡り鳥肌が立った。

 一気に力を入れ、引きちぎる。


 吹き出た血が僕の顔を濡らす。とっさに三澤を蹴り倒し、できる限り血を浴びないように距離を離す。ついでに手の中の肉片を投げた。

 口の中に入り込んだ鉄さびの味を唾液とともに吐きだし、袖で目元を拭う。

 三澤のほうを見れば、壁も天井も床も赤に染まっていた。

 もちろん三澤の着ていた服も。


 近づいて見てみると、表情は驚愕のまま固まっている。

 わき腹を蹴ってみても反応はない。

 死んだ。出血性ショックかな。まあいいや。


「…お前は、どこにいくのかな」


 僕は小声で問いかけるが、返事はなかった。



 ふらふらとさ迷ううちにお手洗いを見つけたので借りることにする。


 鏡を見れば三流スプラッタに出てきそうな男が映っていて苦笑した。百子さんがみたらなんて言うやら。

 蛇口をひねり、石鹸を泡立てて何度か顔を洗うとどうにか汚れは落ちて、三流スプラッタ俳優は降板となった。

 ただ頬の傷が思ったよりも深い。今の洗顔で再び血がにじんできている。

 これは跡が残りそうだ。別にモデルでもなんでもないから容姿は気にはしないけれど。


 さて、ここからどうしようか。

 肝心の三澤は殺してしまったので生きている人間を探さなくてはならない。

 お手洗いから出て、先ほど僕がいたところには背を向ける形で歩いていく。またしてもオートロックキー付きのドアを発見した。

 ここはセキュリティが固すぎではないか。


 適当に思いついた数字を押していると、十回目の間違いでブザーが鳴った。

 ふうん。これは手間が省けたな。鍵が向こうからやってきてくれるとは。


「おいなんだ、数字を忘れ――誰だ?」


 やはり仮面を被った、小柄な男だ。

 さきほどの三澤とは正反対である。


「…ここにいるってことは…どういうことだ? いや、待てよ。お前、さっき三澤に担がれていた――」


 ああ、僕が運ばれていた時に三澤に声をかけてきた男か。

 僕は何も言わず、軽いステップで男との距離を詰める。

 それから、反応をする間を許さずに襟をつかみ、投げた。いわゆる背負い投げだ。

 固い床で技を行うと腰を痛める危険性があるが、痛くなるのは僕の腰ではないので関係ない。

 膝で相手のみぞおちを押さえ、さらに手を掴む。暴れたらみぞおちに力を入れればいい。加減が難しいけど。


「これから、僕はお前に質問をする。もし間違えた回答をしたらお前の指を小指から順に折っていく。何か分からない点は?」


 即興で考えた説明なので抜けがないか考えながら説明をする。

 僕としては単純明快でわかりやすい気もするが、個人差もあるから。


「いきなりむちゃくちゃだ、そんな…」


 僕は男の小指をへし折る。

 悲鳴をあげてやかましいので、少し大きめの声で言った。


「悪い、もう一つ言い忘れていた。無駄口を叩いても指を折る」

「てめえ、てめえ――!」


 薬指を折る。


「僕が求めている回答は『分かりました』だ。罵倒を許可した覚えはない」

「ひっ…わ、分かりました」

「よし。さてお互いの共通認識も済んだところでまず第一問だ」


 僕はオートロックキーを顎で指す。


「あれの暗証番号は?」

「ど、どうしても言わないとだめか?」

「両手指、手首、肘、肩、足首、ひざ、股関節、首の順に折ろうと思っている。つまりお前にはあと二〇回ほど無回答のチャンスがある」


 男は仮面越しでも分かるぐらいに狼狽えている。

 僕だってそこまで無回答を許可したくはないのだが仕方ない。相手があきらめるまで骨を折り続けるしかない。折る骨がなくなるまで(だんま)りなら僕の負けだ。


「もう一度言う。暗証番号を教えろ」


 男は掠れた声で数字を言った。

 首根っこを持ちずるずると引きずってドアの前に立ち、言われた通り入力する。


「……」


 間違えていたので、ひとさし指を折って聞き直した。

 彼は親指までは折らずに済んだ。


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