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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
六章 スケープゴート
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十六.五話『すうぃーとどりーむ』

「ねえひめかちゃん、なに探しているの?」

「出口」

「そこにあるよ」


 鏡花が指し示した場所はぴくりとも動かない扉だ。

 それはとっくの昔に姫香が対峙して敗北している。


「…そこは開かなかった」


 窓の一つもない壁を睨みつけながら姫香は言う。

 こんな時に夜弦がいたら扉や壁の一つや二つ壊してくれただろうか、などと思ってしまう。さすがにあいつでも無理だろうと叶わぬ空想をすることをやめた。


「私、外に出る。そのための、手段、探す」

「むずかしくてわかんなーい」

「……。ここから出たい」

「出たいの?」


 ベッドでゴロゴロとしていた鏡花は仰向けの状態で動きを止める。

 長く美しい白髪がさらさらとベッドの淵からこぼれた。


「…出られるの」

「わたしなら大丈夫だけど。ひめかちゃんはどうかなー。大きいからなぁ」


 上半身の一部分を見ながら「むむ」と鏡花は悩むそぶりを見せる。

 馬鹿にされているのかと不快に思いながらも姫香にしては辛抱強く質問を繰り返す。


「扉、使わないで、出る、場所。あるんだな?」

「あるよ」


 鏡花は腕を垂らし、床から何か救い上げるような仕草をした。


「それと、お迎えが来たんだね」

「おむ、かえ?」


 鏡花は手に持った何かを姫香に見せつける。

 姫香には何も見えない。目を凝らしても、一切。


「真っ黒な糸がさっきから動いてる」

「糸」

「うん。ひめかちゃんから伸びている糸。ひめかちゃんを殺したがっている人が近くにきたんだね」


 突然の突拍子もない説明に姫香は目を瞬かせた。

 無垢で透明な赤い瞳から害悪は感じられない。

 

「えへへー。びっくりした? わたしね、糸が視えるの! だいすきーとか死ねーとか分かるんだよ」


それに、この期に及んで姫香を騙すメリットもない。困った姿を見て楽しみたいのなら話は別だが、今目の前の鏡花は期待に満ちた目で姫香を見ている。

 少し考えて、自分と同類の人間だろうと結論付けた。

 『殺人を犯した罪を瞳の色から読み取る』のが姫香なら、『人との関係を視認できない糸で視る』のがこの鏡花なのだ。


「ねえ、すごい!?」

「…すごい」

「でしょ! すごいでしょ!」


 嬉しそうにベッドの上を転がり、落ちた。

 ため息交じりに姫香が手を貸すと気まずそうな顔で鏡花は笑う。


「…私を、殺したがってる、人間?」

「うん。ひめかちゃんすごいねー。どんな悪いことしちゃったの? いろんな黒い糸が巻き付いているよ?」


 思わず自分の手を見るが、何もない。

 色白の掌があるだけだ。


「…たぶん、いろいろ」

「ふうん?」



 姫香周辺の事情にそれ以上の興味はなかったのか鏡花は話を戻した。


「どうする? 会いに行く?」

「会う」

「じゃあこっち」


 案内された先はクローゼットだった。

 開くと中は思いのほか広い。服はかかっておらず、おもちゃや絵本が積み重なっている。

 そこへ鏡花は椅子を持ってきてさらに箱を載せる。十分な高さになったところで軽々と鏡花が乗り、天井の一部に触れた。人一人通れそうな穴が開く。

 姫香は「鏡花」と声をかけた。


「なあに?」

「私、ここにいる」


 そもそも登れるかわからないとか、耐久的に不安だとか、確かに穴を通れなさそうとか、いろいろと思うところはあった。

 だが、鏡花が一度脱走していることで今まで通りのようなセキュリティとは思えない。そんなところに鏡花と姫香が二人でまた出歩いていたら今度こそ姫香の命はないだろう。

 見つからないとは声を大にして言えない。構造すらよくわかっていないし、この組織そのものもどういったところか知らない。

 殴られた箇所に触れながら思案する。

 これまでの言動を見ていると不安であったが、任せるしかない。


「おるすばん?」

「おるすばん。ねえ、たぶん、男、いると、思う」


 姫香に殺意を持っている人間と聞いて、何人か思い浮かんだ。

 神崎やあの女に情報が行ったにしては早すぎる。

 『龍』『虎』も同様だ。『鬼』に娘がいるというのは知っているだろうが、名前も身分も変わっている彼女をわざわざここまで殺しに来る理由が分からない。


 ならば、あと一人。

 姫香が消えたことを早い段階で知れる人間。

 記憶を失っていても糸の色が継続されているとするならば。

 ――夜弦だろう。

 物騒なつながりとはいえ、彼を思い出すと少しだけ心が軽くなる。


「男の人? それって糸がつながってる人?」

「そう。なんか、一見、優しそうだけど、話聞かない男」

「うん」

「そいつ、私、会いたい」

「分かった!」


 穴に潜ろうとする鏡花を姫香はもう一度呼び止めた。


「そいつ、きっと、私たち、外に、出してくれる」

「本当に?」

「たぶん。だから、いっしょに、出よう」


 鏡花の顔が輝いた。

 大冒険の後ここへ帰ってきてもなお外へあこがれ続けていることが分かる。


「うん! うん、分かった!」


 そう言うとするりと少女は行ってしまった。

 どう転がるか全くの未知数だ。姫香は今日何度目かになるため息をついた。


 果たして、夜弦が来たのかも、そして彼が来たことでここから出られるのかも分からない。

 そうして、『かみさま』を外に連れ出しどうなるのかさえ姫香には想像できない。

 だが頼み事を成功させるには報酬が必要だ。目先に餌をつるして操ることが大事だと神崎は言っていた。


 そして、もうひとつ。


「…ともだち、ほしいよな」


 現在の少女と『鬼』のころの自分を重ね合わせずにはいられない。

 自分の世界には神崎と長谷しかいなかった。

同い年の友人を渇望していた。

 外の世界にあこがれる気持ちも分かる。


 鏡花となら、あるいは。異能も含めて孤独を埋めあえるのではないか、と。




 期待してしまった。




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