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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
六章 スケープゴート
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十六話『とら』

「…やあ」


 円滑なコミュニケーションの第一歩として声を掛けてみたけれど反応はなかった。

 かなり警戒しているように思える。まあ、扉ぶっ壊して出てきた男に警戒するなというほうが無理か。


 まるで彫像のようにピクリともせず、僕を見ている。…僕を見ていると判断したのは彼の身体がこちらを向いているからというだけであって、本当に僕の事を見ているのかは分からない。

 表情も読み取れないのでひどく居心地が悪い。


 誠意を見せるか、敵意を見せるか。さてどちらを相手に提示しようか。

 暴力があまりにも手っ取り早いと心の中の悪い部分がささやいてくる。確かにそうかもしれないけれど。

 別に僕は積極的に人を殺したいわけではない。

 ¨殺人¨が手段としてあるだけで、すべてをそれに頼っては人間お終いだと思う。もう遅い気もするが。


 それはともかく、硬直状態が続くのは良くない。

 姫香さんの安否が心配だ。悠長に可愛くもない男と見つめ合っている時間が無駄だ。

 こちらから動こう。


「そんなにまじまじ見られるとさすがの僕も照れるな。何か顔についてる?」


 無言。

 どうしたものか。少しでも反応を引き出したいのだけど。

 次の言葉を考えていた時、前触れもなく三澤が言う。


「貴様、『虎』を襲撃した人間だな」

「へ?」


 思わぬ言葉に間抜けな言葉が漏れた。


 『虎』…どこかで聞いたことがある。ああ、『鬼』『龍』に並ぶ暴力組織か。

 今から六年ほど前に襲撃を受け壊滅したという。 

 まさか僕がその『虎』を潰したとこの男は言っているのか。


「…なんのことか分からないな。人違いという可能性は?」


 慎重に言葉を選びながら、こめかみに指を当てる。

 刃物で刺されているような痛みが後頭部に走っていた。


「いいや。間違いなく貴様だった」

「根拠は?」

「おれの記憶だ」


 ざわ、と空気が変わる。

 変わったのは三澤ではなくて僕だったのかもしれない。


「記憶か。まるで君がそこに――『虎』の組織にいたような口ぶりだね」

「そうだ。すでに足抜けをしていて構成員とは言えないが、おれもかつては『虎』の人間だった」

「足抜けだって? 足抜けした人間がなんで組織になんか戻っていたんだ」

「おれと同じように逃げようとするやつの手引きをしに戻ったのだ」


 あっさりと吐いた。

 たとえ崩壊した組織でも、まだそこに愛着を持っている元構成員に見つかりでもしたらただでは済まない。

 『鬼』では逃げれば即座に殺されていたという。予測でしかないが、他のところも同じような処置を取られていただろう。


 そんなことを話したというのはつまり――何があっても僕をここから出さないことに他ならない。

 死人に口なし。そういうことだ。


「成功するはずだった」


 冷静な口調が徐々に熱を持ち始めていく。


「手引きしようとしたのはおれが面倒を見ていた奴だ。弱気だが頭がよく回った」


 僕はゆっくりと身体の調子を確かめていく。

 頭痛以外は問題がない。

 視界は良好。思考は少し不安があるが、避けることを念頭に置けば問題はないだろう。


「…その首を、貴様は折った」


 僕は否定も肯定もしなかった。

 覚えていない。それは記憶喪失だからではなく、もともとだ。

 いちいち殺した人間などに記憶を割いていない。


「命乞いをしていたあいつを、貴様は、表情一つ変えず殺した」


 僕ならあり得るかもしれない。

 殺人に対し快楽もなにもないから。機械のように終わらせるだけだ。


「…君は、その時何をしていた?」


 大事な弟分が死にかけている時に。

 僕の顔を覚えているぐらいならしっかりと見ていたはずだろう。


「……」


 三澤は黙った。

 不名誉な事なのだろうと予想はついた。

 彼はおおかたどっかで震えながら隠れていたのだ。

 それも人間だ。責められはしない。


 僕だって――お母さんの断末魔を聞きながら怯えて隠れていた。

 誰も彼女を救わなかった。

 あんなに神様に祈りを捧げていたのに。


「貴様は、また誰かを殺すつもりだろう」

「他人聞きの悪い。僕はただ帰りたいだけなんだ。黒い服を着た女の子、ここにいるだろう?」

「そいつがどうした」


 ん、この人も知っているっぽいな。


「その子とここを出る。別に暴力をふるいたくて来たわけではないんだ、その子を――」

「無理だ」


 ばっさりと三澤は言い捨てる。


「あいつは贄だ」

「『かみさま』の?」


 僕は鼻で笑う。


「ちょっと常識のずれてる女の子をみんなで崇め奉って、それでなんの救いを求めているんだ」

「黙れ!」


 拒絶の大声だった。

 それまではずっと噛み殺していた怒りをここで露わに、爆発させて僕にぶつけた。


「神を笑うな。おれ達の信仰を笑うな。これ以上貴様に奪われるわけにはいかない!」

「……」


 呆気にとられた。

 そんなに大事にしていたのか、ここを。『かみさま』を。


 ああ、そうだったな。

 僕は別に正義の味方でもなんでもなくて。

 僕もまた、奪う側の人間なんだよな。


 でも、奪わなくては取り戻せないというなら、奪い続けなくてはいけない。

 取り戻せるものがあるというのはそれだけで僕にとって幸福な事だから。


「ごめん」


 ひとこと謝る。

 三澤は聞いているのかいないのか。ただ距離を徐々に縮めている。

 もはや殺し合いは避けられない。

 失言を抜きにしてもこうなったんだろうけど、ちょっと心苦しい。


「だけど、僕にも僕の理由があるんだ」


 理由も、過程も、いつか迎える結末も、正しいのか間違えているのか、それすらわからないけど。

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