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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
六章 スケープゴート
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四話『先代の知恵(大体役に立たない)』

「いきなりそれだけ言われたって分からないだろうし、かいつまんで説明しよう」


 口を動かしながらも所長はファイルを操る手を止めない。


「これ、たらいまわしの案件なんだ」


 事務所内の空気が固まる

 それからじわじわと『嫌だなぁ ああ嫌だなぁ 嫌だなぁ』という心の声がそれぞれからにじみ出て来た。

 例えるなら、夕飯にめちゃくちゃ嫌いなおかずがあった時みたいな。


「あー…マジですか…」

「だいたいこういうのってろくな依頼じゃないからね…」


 僕の呻きにしみじみと百子さんは頷く。

 城野探偵事務所はざっくりと言ってしまえば暴力に特化した探偵なので、強引な力技でしか解決できない依頼が時たま他の探偵事務所から送られてくる。

 僕が入社してからも二個三個あり、どれもさすが押し付けられるだけあって酷い依頼内容だったものだ。珍走族からバイクを取り戻してほしいという依頼なんて二度とやりたくない。殴っても殴ってもチンピラが無限湧きしてきて勘弁してほしかった。


 僕らほど明確に嫌悪オーラを出していないものの、出勤そうそう疲れた顔で咲夜さんが聞いた。


「宗教団体が絡んでくるあたりであまり良い依頼ではないと思っていましたが…。探偵より弁護士、弁護士より警察を頼ればいいものを」

「警察は実害がなければ動けないし、弁護士にも拒否されたんだと。そんな危ない橋渡れるかって」


 世の中冷たいと思ったが、何も死ぬためにその職業選んだわけでもないしな。

 逆に自分に出来ないことは出来ないとはっきり拒否できるのはいいことだ。犬死にしなくてすむ。

 というかこの探偵事務所がおかしすぎるだけで他のところは正常なのだという現実からは目を逸らしておく。


「それで残念なことに事務所ここに流れ着いたのですね。依頼人は何を望んでいるのでしょうか?」

「おい何処が残念だこのペチャパイ。だから言っただろ。恋人を連れ戻してほしいってさ」

「このハゲ」

「うん? そういえば、連れ戻してほしいってどこからです?」


 精神的な意味で連れ戻してほしいというなら別の場所がいいと思うのだが。説得(物理)でもしろというのか。


「教団から。信者を囲い込みしているんだよ」

「…宿泊機能を兼ね備えているという意味ではなく、ですか?」

「違う、住まわせている。だから外部からはほとんど接触が出来ないと」


 外との繋がりをシャットアウトして、内部の人間だけで生きているということらしい。

 ご飯とかどうするんだろうとは考えたが、生きていくうえでそこはちゃんと考えているか。今は宅配便もあるしな。最低限にしか外に出なくても生活できるとは便利な世の中になったものだ。

 それでなんの話をしていたんだっけ。ああ、囲い込みしていて外部からは接触できないって話だな。


「ケンちゃん、一番大切な事聞くよ。それどこの団体の話?」

「知っているかわからんが――『メセウスの会』という新興宗教団体だ」


 頭の頭痛が痛くなってきた。

 今回は記憶が戻るときのあの痛みではなく、純粋に頭を悩ませすぎた上での頭痛だ。

 メセウスの会ってそんなところだったのか。本当に岩木さんに助けてもらえてよかった。

 さすがにお試しで来た人間を外と切り離すということなんてしないと思うが。


「あたし知ってる。五年前ぐらいに問題になったよね。強引な勧誘をしてきたら警察から注意を受けて、名前を変えたんだっけ」

「らしいな。さっき調べたら出て来た」


 僕も知っている。

 でも『実は昨日僕もそこに勧誘されたんですよ~』なんて言える空気じゃない。


 横で咲夜さんが何でもない風にこっそりスマホで調べ始めた。

 百子さんに聞けばいいのに、自分だけ知らないことが恥ずかしいようだ。乙女だな。乙女なのか?


「接触を絶っているのにどうやって連れ戻せって言うんだよなあ…。お、あったあった」


 二冊目のファイル後半で目当てのものが見つかり、嬉しそうな声を上げる所長。

 みんなで顔を寄せ合って字を睨む。驚くべきことに先代所長は一人で動いたらしい。

 別の宗教団体ではあるが、しかし条件はメセウスの会と同じ囲い込み。

 少し期待しながら読み進めるが徐々に表情が曇るのを自分でも感じた。


「……あの上司はなんでこうなのかな~…」

「参考になるようなならないようなって感じですね…」

「先代はパワフルな方だったのですね…」

「あの野郎マジこういう時に限って使えねぇんだからよぉ…」


 要約すると、『ターゲットが建物外に出た瞬間を狙い拉致した』ということだ。

 どうも教団の敷地内に潜み、何らかの事情でのこのこ出てきたところをハンティングしたらしい。

 この後は無事に依頼を達成できたようだが、普通に犯罪行為である。一人だからってこんな大胆に法を踏み倒していくな。

 犯罪云々は僕からは何一つとして批判できないんだけどさ。


「参考にならねえぞ、オイ…請けたのは分かったけどやり方がひどすぎる」

「しかも今じゃ通用しないかもね~。どうするよ、ケンちゃん」

「……」


 たらいまわしにされてある意味最後の砦へ依頼は流れ着いてしまったわけだ。

 ここで請けてもらわなかった場合、依頼人は、その恋人はどうするのか。


 所長は大方そんなことを考えているんだろう。

 お人よしだから。


「…依頼者クライアントから直接話を聞くぐらいなら、いいだろ」


 誰も何も言っていないのに、言い訳がましかった。

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