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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
五章 シークレットパーティー
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二話『探偵らしいこと』

 客用ソファに添田君、向かい合うのは所長と百子さん。

 その傍に僕と咲夜さんが立ち姫香さんは給湯室でお湯が沸くのを待っている。

 知っている人ということもあって緊張感のある空気ではない。まともな部類の人間だしな、添田君。


「少し痩せたな。というかやつれたか」

「あ、分かりますか?」


 所長の指摘に添田君が恥ずかしそうにはにかんだ。

 心労は絶えないはずだ。両親の死を悼んでいる暇すらないだろう


「この前ようやく両親のことが一段落して…。祖父は跡継ぎにならないかってうるさいし、親戚は隙あらば取り入ってこようとして来るし…ちょっと大変でした」

「うーん、あんた、もうちょっと俺たちに警戒心もったほうがいいぞぉ」


 所長の言う通りだ。僕たちがそこに付け込むとも限らないのに。いや、さすがに付け込まないけどね。

 二度三度会っただけの人間を信用しすぎ、心を許しすぎといったところか。

 それでもやんわりと所長が注意したのは、添田君の心情を察したからだろう。堰を切ったように話しだしたところから見るとそのようなことを言える相手が彼の周りには少なかったに違いない。


「あ、すいません…」

「謝ることでもない。他人にはあまりそういうことを言わないほうがいいってだけだ」

「そうですね…」


 あんまり親戚との仲も良好じゃなかったみたいだしつい最近までただの学生だった添田君には厳しいことの連続だろう。

 あ、わざと弱みを晒して相手との距離を縮める手法もあるそうだが。初対面ならまだしも、二回目だからそんなめんどくさいことはしないか。


 姫香さんがお茶を持ってきた。小さな籠にはお菓子が詰められている。

 独断と偏見で選んだのだろう、多めの種類を揃えているのに微妙に偏ったラインナップだった。絶対にチョコ系は自分のために外している。

 無言のままに添田君、所長、百子さんと湯呑を置いて行く。

 添田君は顔は向けずに目だけで姫香さんを伺い、すぐに戻す。それを数度繰り返していた。

 なにか姫香さんの顔についているのだろうか。目と鼻と口はあるけど。

 バカなことを考えている横で「おや」と咲夜さんがつぶやく。何かあったのかと視線で問うが彼女は肩を小さくすくめただけだった。気になるからやめてほしい。


「おいヒメ、チョコ系抜かしただろう」

「……」

「開き直ってんじゃねえ。ちゃんと俺たちは俺たち用に残してあるんだから」

「……」

「このわがままが…!」

「姫ちゃん、表情だけで会話するのやめて。ケンちゃんはそれを読み取らないで」


 いつの間にかこの二人、高レベルの会話術を習得していた。

 ついさっきの咲夜さんと僕とは大違いだ。

 ただでさえ感情と表情に乏しい姫香さんの言わんとしていることをよく分かるなと思ったが、仕事場でも家でもずっと一緒なら多少なりとも理解できるようになるんだろう。羨ましい。


「ったく…。すまない、それで依頼の話なんだが」

「え? あ、はいっ」


 ぼうっと姫香さんを見ていた添田君は慌てて姿勢を正した。


「実は、ボディーガードになってもらいたくて」

「ボディガード」


 テレビで見る、要人の周りを護衛する怖い人たちが真っ先に浮かんだ。

 必要なのはスーツとサングラスか。この面子だとただのやくざになりそうな気もする。


「…悪いが、それ…」


 探偵の仕事じゃないぞ、と言いたかったのだろうが動きが止まった。考えることが同じだったらしい百子さんも気まずい顔をしている。

 少し前に小学生たちが猫探しを依頼してきたときも思ったけど――

…探偵事務所を名乗りながら僕たちは探偵らしいことをしているのだろうか。

 所長はいわゆる普通の仕事を請けない代わりに他の事務所が受けられない依頼を代わりに請けているとはいえ、なにかと力技で解決しているような。

 ここ最近で平和的解決はあったかと聞かれると――。答えに詰まる。ここ最近なんて死者が出ているもんな。分かってるよ! だいたい僕のせいだろ!


「……話を聞こうか」


 あ、諦めた。


「ただ、こういうのは本当に何も分からないということだけは言っておく。俺が先代に教わっていなかったのもあるし、あんたを不味い状況に追い込む可能性もある」

「なんで添田君がまずい状況に?」

「例えばツルなんかが話を聞かないで周りの人間をぶん殴ったり」

「たとえがひどすぎる」


 本当に信用が無くて泣いてしまいそうになる。

 でも僕だってちゃんと話ぐらいは聞くことが…聞けていないな…。


「はい、事情もこれから話していきます。必要な事も。それに、強いことはもう分かっていますから」

「おう…良いことなのかどうかは判断しかねるけどな…」


 変なところでポイントが上げられていて所長も困惑している。

 説明の為に添田君がカバンの中から書類を取り出そうとしたとき、外の階段を上ってくる足音が聞こえた。

 しんと部屋が静まり返る。


「…ケンちゃん、今日ってもう一組来るとかあるの?」

「ない。イレギュラーだ」


 立ち上がり、所長は添田君を見下ろす。

 いきなり空気が変わったことに彼は驚いた顔をしていた。ごめんね、人がめったに来ないからこんなことになるんだ。


「顔を見られたら不味い相手はいるか? それか、ここにいるということがバレたら厄介な相手は?」

「い、いないはずです」

「ならいい。モモ、面倒な客なら折を見て添田青年を帰らせてくれ。後日改めて連絡をしてくれればそれでいい」

「了解~」


 姫香さんが先導して扉の前に立つ。

 その後ろで所長が仁王立ちをした。臨戦態勢だ。


「…来客が来るだけで大騒ぎなんですね」

「…そういう事務所なんだ」


 もっともな意見が耳に痛い。


 招かれざる客は階段をすべて上り終えた。わずかな時間の後に事務所の扉が開けられる。

 その人物を一目見るなり、ドアノブに力を込めて閉める準備をしながら所長は叫ぶ。


「帰れクソジジイ!」

「あいっかわらず可愛くないクソガキだな!」


 扉越しに喧嘩を始めた所長たちを見て添田君が理解しがたい目で僕を見る。

 ゆっくりと首を振った。諦めてくれ。多分君は素直に帰ることが出来なくなった。



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