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アンティーク姫のいる探偵事務所  作者: 赤柴紫織子
小話 サマーバケーション
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五話『はじめてのなんもん』

「猫がいるスポット、もうあとここしか分かんないや」


 林太が地図を手にそう言った。


 四人が訪れたのは遊具はないが広い公園だ。

 ベンチがぽつぽつとあるがさすがにこの炎天下なので座って休んでいる人間はいない。

 景観を良くするために背の低い木々が植えられている。


「みーちゃんいるかなぁ」

「探してみようぜ。どっか涼しいところにいやがるかも」


 夏梨と大地が日陰になっているところを探し始める。

 逆の方向に林太と翔太は向かっていった。


 一人残された姫香はしばしどちらについて行くか考えた結果、夏梨たちの方に歩いていく。

 翔太に避けられていることについては特に何も感じていないが、一応彼女も人間であり、感情の機微も理解は出来ていたので敢えて近寄らないほうが良いと判断したのだ。

 自分を嫌がっている人間とわざわざくっついてもいいことは無い。


 二人は名前を呼びながら藪の中に入り込んでいく。

 果たしてこの公園に何匹「みーちゃん」と名付けられた猫がいるかは不明であるが。

 ふいに大地が足を止めた。


「なんだこれ」


 長方形で、中にはエサらしきものが入っている。

 仕掛け器だ。

 もともと猫探しには縁のない探偵事務所なので姫香も見るのは久しぶりだった。


「これ知ってる! 猫をつまえるやつだよ!」

「なんでつかまえるんだよ」

「分かんないけど…もしかしたら食べちゃうのかも!」


 どこかで誰かに冗談交じりに言われたのかもしれない。夏梨は泣きそうな顔になりながら唇を噛んだ。

 そしてそれを真に受けて生唾を飲みこむ大地。

 ここに冷静な林太兄弟が居ればそんなことはないと一言言って終わっただろうが、あいにく彼らは少し離れたところにいる。

 姫香は、


「……」


 どう説明したものか頭の中で文章を組み立てていた。

 変な誤解をしているのはよろしくないとぼんやり分かってはいるが、己の文章能力でどこまで通じるかは彼女自身も考えあぐねていた。


 仕掛け器にはしっかりとどこのボランティア団体のものなのか札がついていたがそれを見せてもまず存在を知らなければ理解できないだろう。

 仮に食べるつもりなら白昼堂々仕掛けを置いてまで危険を冒すメリットはない。

 去勢や傷を見るために設置してあるだろうからそれを言えばいいだけかもしれない。とはいっても去勢という単語やその必要性について納得させる必要もある。そもそも話して分かるものなのか。


 何を隠そう、この状況は姫香にとっては最大の難問だった。


「警察に行ったほうがいいんじゃないか?」

「そうだね…」


 こうしている間にも目の前で事態が悪化している。

 子供のうちは一つの思考のパターンに入るとなかなか抜け出せないものだ。いや、知識が足りないからこそこのような手段を取ろうとしている。それは責められることではない。


「待って」


 とにかく一旦止めようとした時、「あっ」と鋭い声が三人の意識に入り込んだ。

 瞬間殺気がじわりと場を満たす。気付いたのは姫香だけだ。


「なにしてんだガキども! それにいたずらするんじゃねえっ!」


 藁帽子を被った白髪の中年男性が顔を思いっきりしかめて立っていた。手から下げているのは猫缶の入った袋だ。

 ーーしかし、殺気はこの人物からではない。別のところーー彼女たちからは見えない場所。


 剣幕に圧倒されて夏梨は姫香の背に隠れ、大地はあっけにとられたような顔をしていた。が、すぐに立ち直る。


「そっちこそなんだよおっさん! 猫食いやろう!」

「ああ!? なんだってぇクソガキ!」

「ここで猫捕まえて食うつもりなんだろ!」

「なーに言ってんだ! そんなことするわけねえだろうが!」


 運の悪いことに、相手は短気かつすぐ喧嘩を買ってしまうタイプらしい。

 そして大地も大地で自分が正しいと信じて疑わないので一歩も引かない。

 姫香は珍しいことにため息をついて、スッと言い争う二人の間に入る。


 首を傾げて中年男性の目を見つめる。

 突然無言で顔を見上げて来た少女に驚いて男性は声を詰まらせて背を反らせた。

 二、三度瞬きをし、姫香は軽く頷いた。大地の方を向く。


「違う。こいつ、猫、食べる、ない」

「え…? そうなの?」

「食べない。猫、殺してない。大丈夫」


 もう一度中年男性に顔を見ると、視線を足元の仕掛け器に向け、指さした。


「説明、してやって。これ、なに?」

 

 あまりに突飛もない行動に毒気を抜かれたようで中年男性はぽかんとした顔をしていた。

 騒ぎに気がついた林太たちがこちらへ走ってきている。


「不思議な嬢ちゃんだな…」


 殺気はいつのまにか消えていた。危機的状況ではなかったと、誰さんはさっさと引っ込めたのだろう。

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