第94話
プヨ歴V二十六年六月二十八日。朝。
まだ朝日すら昇らない早朝。傭兵部隊兵舎の食堂の中。
「くそっ! これだけ探しても見つからないなんてっ!?」
リカルドはテーブルを、怒りに任せて叩いた。
その衝撃でテーブルの上に置いてあった物が一瞬浮かび、そして落ちてガチャンと音を立てる。
そんなリカルドの乱暴な行動を見ても、周囲に居る隊員達も誰も文句など口にはしない。
何故なら傭兵部隊の隊員全員が、リカルドと同じ思いだからだ。
捜査範囲を広げて他の地区にも捜査しても、未だにグランは発見するまでに至らないのだ。その事実が全員を、激しく苛立せている。
そして懸命の捜査も空しく、また犠牲者が出てしまっている。
今度もまた元奴隷で、四十四歳の民間人の男性が殺害された。更にその現場でグランらしき人物が、鮮明に目撃された。
現場の第一発見者であるプヨ王立総合学園の女子学園生達が、そう証言している。そう言う意味では、最初の事件よりは収穫があると言えた。
薄暗かったのと見たのが後ろからだったので、顔までは良く見えなかったが、魔石灯の明かりで黒茶色の髪だったと断言していた。
この証言で、完全にグランが犯人だと決まった。
目撃者である女子学園生達も警護として、警備部隊が警護している。今まで四十代以上の元奴隷と言う祖国スパルタンの制度を守っているが、自分の為ながらその制度を破って口封じの為に襲撃する可能性が否めなかった。
既に犯人は分かっているのに、未だ見つかる手掛かりすらない。その事実が、捜査に駆り出されている隊員達全員を殺気だたせていた。
そんな中、信康は冷静に地図を見ていた。
(殺された被害者は・・・此処と此処と此処だったな)
地図に殺された被害者達が、見つかった所に印を入れる。
そして地図を見ると、法則性も何かを示す意味も何も無い様になった。
(このままだと、また犠牲者を出してしまうな。かと言って元奴隷出身者を探し出して警護するなど、人員的にも不可能だ。はてさて、どうしたものか・・・)
かなり不味いと思うのだが、今だ手掛かりすら見つからない状況では手立ても無い。
どうしたものかと考えていると、ルノワが考え事をしている信康に話し掛けた。
「ノブヤス様。此処は目撃者の証言を、今度は私達で直接聞きに行くと言うのは如何でしょうか?」
「目撃者の証言をもう一度聞こうと言うのか? しかし、もう既に警備部隊にその時の事を証言したんだろう。だったら、もう訊いた所で収穫など無さそうだが?」
「後になってまた、何か思い出すという事もあります。被害者に時を置いてまた訊ねるのは、基本的な捜査技術です。下手な考え休むに似たりと申しますし、傭兵部隊私達でもう一度聞いてみるのも良いのでは?」
そう言われて、信康は考えた。
(ルノワの言う事も、尤もだな。此処でうだうだ考えているよりも、動いて手掛かりを探して回るのも悪くは無いか)
そう思い、信康は席を立つ。
「よし。じゃあ、その目撃者にもう一度話を聞かせて貰いに行くか」
「お供します」
「兵舎に居ても意味無いから、あたしもルノワの提案に賛成」
「レムも~」
ティファとレムリーアも付いて行く事になった。
そして食堂を出て行こうとしたら、レムリーアが声を掛けた。
「そう言えば~その目撃者の女子学園生達って~何処に居るんですか~?」
「あっ」
レムリーアにそう言われて、信康はその目撃者が誰か知らない事を思い出した。
目撃者の話をもう一度聞きたいと思い、信康達は警備部隊本部に向かった。
其処に連続殺人事件の、捜査本部が設置されている。
傭兵部隊も捜査に駆り出されているとはいえ、簡単に捜査情報を教えてくれるとは思わない信康。部署が違えば、それだけ派閥争いやら何やら面倒事が絡む。特に傭兵部隊は軽視されているので、通常より一筋縄ではいかないと予想された。
しかしそれは、通常の場合であればである。此処は信康だけが使える、知り合いの伝手を使う事にした。
「知り合いって、警備部隊に居るの?」
「ああ。実に頼りになる知り合いがな」
信康達は警備部隊本部がある、建造物に前に着いた。
建造物の前には、警備部隊の隊員が二人程立っていた。
信康は二人に近付く。
「何用か?」
「失礼。傭兵部隊に所属している信康と言うものだが、連続殺人事件に関してビュッコック総隊長殿にお取次ぎ願いたい」
「それならば、別の捜査員達に伝えれば良い話では無いのか? ビュッコック総隊長である必要など無い筈だが?」
「信康が来たとだけ言えば、総隊長殿は分かって下さる。よろしくお願いする」
そう言われて、警備に立っている隊員達は互いの顔を見る。
「どうする?」
「一応、話だけは通しておくか。もしこれで本当に総隊長と知己ならば、後々面倒だぞ」
「そうだな」
「承知した。しばし、此処で待て」
隊員の一人が、建造物に入って行った。
そして待つ事、数分。
建物に中に入って行った隊員が、ビュッコックを連れて信康の下に来た。外に居た隊員は、ビュッコックを見て敬礼する。
「おお、お主か。この前の晩餐会は、とても楽しかったぞ」
ビュッコックは信康の肩を叩き、会えた事が嬉しくて微笑む。
「あの時は、お世話になりました」
「んっ?・・・ああ、成程。うぉっほん、その様な他人行儀な敬語など儂には不要じゃ。儂とお主の仲ではないか。遠慮は無用ぞ。・・・それは良いとして、またレズリーと共に義息子の屋敷の方に顔を出してくれぬか? 孫娘のアリーがのぅ、お主に会いたいと義息子夫婦にせがんでおるそうでな。義息子むすこ達もまた、お主と話がしたいと言っておる。今度は宿泊して行ってくれ」
「では遠慮無く・・・その内また顔を出させてもらう。少なくともこの面倒な事件を解決して、アンシが静かになったらな」
「ふむ。先ずはそちらじゃな。しかしどうやら、お主は儂に何か用があって来たのか?」
「察しが良くて助かる。実はな、事件の目撃者の名前を知りたいんだ」
「話を聞きたいのか? じゃが、警備部隊の方でも、既に話を聞いているぞ」
「もう一回、話を聞きに行きたいんだ。何か思い出すかもしれんからな」
「う~む」
唸りながら考えるビュッコック。
信康も無理そうなら、素直に諦める事にした。
ビュッコックに迷惑を掛けてまで聞く事ではないと思うし、その目撃者も学園生だと分かっている。ならばその関係者に頼んで、協力して貰おうと考えていた。
因みに警備部隊の隊員達もルノワ達も、信康が警備部隊の総隊長であるビュッコックと非常に親しくしている様子を見て、信じられないものを見る目で見ていた。
「まぁ、良かろう。建物に中に入るが良い」
「総隊長!?」
「良いのですか!?」
「別に構わん。それに傭兵部隊も捜査に協力しているのだから、捜査情報を話して情報共有しても問題無かろうが」
「それは、そうなのですが」
「ならば良いな? ほれ、中に入るぞ。後ろのお嬢さん方も一緒に」
少し離れた所に立っていたルノワ達にも、声を掛けるビュッコック。
そしてビュッコックに連れられ信康達は、警備部隊本部の建造物内に入って行った。




