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信康放浪記  作者: 雪国竜
第一章

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第93話

 プヨ歴V二十六年六月二十七日。朝。


 傭兵部隊の兵舎にある一室。


 ヘルムートと傭兵部隊の全員が、この部屋に集められていた。


「さて、お前達に此処に集まって貰ったのは他でも無い。今朝の事件についてだ」


 ヘルムートがそこで一旦区切り、改めて傭兵部隊の隊員達を見た。


「今回の事件の犯人の候補に、グランの名前が上がっている。その事について思う事があるなら、遠慮なく言ってくれ」


 要するにヘルムートは、グランが殺人事件を引き起こす様な凶悪犯なのかと訊いているのだ。ヘルムートが幾ら傭兵部隊の総隊長と言っても、二百八十人前後の隊員全員の性格や嗜好や思想を把握している訳では無い。出来ても諸将と自分の部隊の隊員が精々であり、他に信康やルノワと言った通常から一線を超す実力者だけだ。


 そしてヘルムートの肝心の問いには、傭兵部隊の誰も答えなかった。


「総隊長。こう言うのあれだが・・・俺達はグランが特定の奴と話している所を見た覚えがありませんぜ」


 隊員の一人がそう言うと、全員その言葉に賛同して頷く。


 それを見て、ヘルムートは困った様に息を吐く。


「つまり・・・此処に居る奴全員、グランと親しくしていないという事だな? リカルド、グランはお前の小隊に所属していた筈だが、何か知らないのか?」


「すみません、総隊長。確かにグランは自分の小隊に所属していますが、付き合いも訓練の時だけで私事(プライベート)では殆ど付き合いがありませんでした」


 ヘルムートに訊ねられたリカルドは、申し訳無さそうにそう言って答えた。


「ていうかあいつ、飲みに誘っても断ったからな」


「ノブヤスでも誘ったら来るのにな」


 隊員達が話し出す。それを聞いて、信康はグランと言うのは随分と人見知りなのだなと思った。


「今回の事件に関しては、俺達傭兵部隊も警備部隊及び銃士部隊に協力して、捜査に駆り出される事になった。理由は分かるか?」


 ヘルムートが訊いた。


 傭兵部隊の全員は意味が分からず、首を傾げていた。


 その一方で信康だけは、直ぐに分かった。


「人手不足だろう」


「半分正解だ。残り半分は、分かるか? ノブヤス」


「・・・・・・憶測で良いなら」


「構わん。答えろ」


「もし本当にグランが犯人だったら、傭兵部隊(おれたち)の手で捕まえないと色々と面倒な事になるから?」


 語尾が疑問形なのは、合っているか分からないので疑問形になったのだ。


 それを聞いて、ヘルムートは頷いた。


「ほぼ正解だ。上層部はグランを犯人と断定して、捜査している」


 それを聞いて隊員達は全員、何でだ? という顔をしていた。


「お前等、グランが何処の出身か知っているか?」


 信康達は全員、首を横に振る。


「グランはな、ギリシア連邦出身だ」


 それを聞いて、信康達は驚いていた。


「ギリシア連邦だって?」


「確か、東欧にある国の一つだったよな?」


「ああ、そうだ」




 ギリシア連邦。 


 東欧に存在する連邦国家。


 都市国家が幾つも存在し、その全てに自治権を与えている国家。都市国家同士での政治的対立はあっても、戦争は行わない。他国からの侵略が起きた場合、都市国家が総出で戦う。


 


 信康も仕事の一環で、何度か行った事がある程度の国だ。しかし全ての都市国家に滞在した訳では無い。


 頭の中では、比較的豊かな国だったという印象が残っていた。


「しかも、スパルタン州出身だ」


「スパルタン? 其処ってギリシアの中でも、兵士が精強無比で有名な都市国家だよな?」


「ああ、そうだよ。兵士が強い事で有名で、実際にスパルタン兵を傭兵として国外に出して外貨稼ぎの産業にしているからな。俺もスパルタン兵と一緒に仕事をした事が何回かあるんだが、あそこの兵士は兵種に関係無くかなり強いぜ」


「そんなにか?」


「実際にスパルタン兵一人倒すのに並の兵士が百人必要だって言われているんだが・・・戦場であいつらの戦う所を見たけど、想像以上の強さだったぜ。スパルタン兵(あいつ等)を敵に回す位なら、俺はさっさと違約金払って逃げ出すよ」


 隊員の一人がスパルタン兵の強さを説明していると、ヘルムートが手を叩いた。


「話が脱線しているぞ。今はグランの事だろうが」


 そう言われて今はグランの事だと思い出すと、全員が顔を引き締める。


「まぁ確かに、スパルタン州は兵士が強い事で有名だ。それと幾つかの有名な制度もあるからな」


「制度?」


 信康を含めた何人かが、その制度なんて聞いた事もなかったので首を傾げていた。


 其処で、ヘルムートは簡単に説明した。


「有名なので言えば、五歳の時にその部族の長老に面接を受けて、将来就く職が決まるとか、兵士に選ばれた奴は七歳になると兵舎に入れられるとかあるが、一番有名なのはクリュプテイアという制度だな」


「「「「クリュプテイア?」」」」


 聞いた事が無い制度なので、皆首を傾げる。


 だがスパルタンに行った事がある隊員は、ああ~と言いながら頷いていた。


「何ですか? そのくりゅぷていあ? とかいうのは?」


 信康はヘルムートに訊ねた。


 知らない隊員達も、クリュプテイアについて聞きたいのか頷く。


「クリュプテイアっていうのはだな。簡単に言えば殺人許可証(マーダーライセンス)みたいなものだ」


「殺人許可証?」


「簡単に言えばな。スパルタンは他の国々よりも、厳格な身分制度が徹底されている。国王を頂点に王族、貴族、戦士、職人、自由民、奴隷、最後に農奴という感じだな。で、戦士階級から上の階級には、奴隷と農奴を殺しても問題にならない制度がある。これがクリュプテイアだ」


「・・・・・・本当なのか?」


「嘘だったら、どれほど良いか。これは俺がスパルタンに居た時の話なんだけどよ・・・昼頃に偶々大通りを歩いていたら、人が殺されるところを出くわしたんだ。普通なら大騒ぎになる所なのに、誰も殺した犯人から逃げたり捕まえたりようとしない。俺はおかしいと思って訊いてみたら、強い戦士を作る為に人を殺す事に慣れる為に行なっていると聞かされて驚いたぜ」


 スパルタンに行った隊員は、今でも信じられない顔をしている。


 国によって階級の差別などはあるが、まさか国の公認で奴隷を殺しても、問題にならない制度があるとは誰も想像出来ない。


「国の公認で奴隷を殺しても良いなんて、それは国がして良い事じゃあないだろう」


 リカルドは怒りを込めて、拳を握り締める。


「いや、殺すにしても色々と掟があるらしいぜ。詳しくは知らないが」


「それでも、奴隷を殺しても良いとは限らないだろう!」


 リカルドが席を立ち大きな声をあげるので、皆視線をリカルドに向ける。


「そんな乱暴な国だったら、反乱が起きても不思議じゃないぞ」


「実際、年がら年中数え切れない程に起きているらしいぜ。まぁ、全部半年と経たずに鎮圧されるそうだが」


「それだけ反乱が起こっているなら、兵が強いのも当然か」


 何とも言えない空気が漂う中、ヘルムートが手を叩いた。


「また話が逸れているぞ。今は、グランの事だろうが」


 そう言われて全員、改めてこの部屋に集まった意味を思い出す。


 リカルドも席に座り、話をする体勢を取る。


「今から話すのは、極秘の捜査情報だから他言するなよ。もしベラベラと第三者に話した場合、情報漏洩の罪で特警の連中に身柄を引き渡さんならんからな。良いな?・・・殺された民間人はな、実はトプシチェ王国から流れて来た元奴隷だ」


「元奴隷だとっ!? 性別・・・と言うより年齢は?」


「歳は四十二歳の女性だ」


「じゃあ、もうグランで決まりだな」


 スパルタンに行った事がある隊員が断言した。断言出来る理由が気になった信康が、その隊員に訊ねた。


「どうして、そう言えるんだ?」


「さっきのクリュプテイアにはよ、掟があるって言っただろう? その掟の中には、殺して良い年齢が決まっているんだ。殺すのは男女問わず、四十代以上の者ってな」


「本当か!?」


「ああ・・・他にも怪我を負って五年以上、動く事が出来ない者。病気に罹り、三年以上床から立ち上がる事が出来ない者とか、色々あるらしいぜ」


「上層部もその点を鑑みて、グランを犯人に断定している」


 ヘルムートの言葉を聞いて、全員が納得した。


「じゃあ、総隊長。俺達は傭兵部隊の名誉の為にもグランを捕まえるという事になるんで?」


「そうだ。だが、殺しては駄目だ。ちゃんと法の裁き受けさせろと上層部からお達しでな。抵抗が激しい様なら、四肢を全部切り落としても構わん。だから絶対にグランを生かして捕まえろ!」


 それからは事件があった場所と、グランが泊まっていた宿屋の付近を徹底的に捜索する事で話が纏まり、傭兵部隊は全員、それらの場所に向かう。


 その日は一日中駆け回ったが、グランの影も形も見つからなかった。


 信康達も捜索に励んだが、手掛かりすら見つからなかった。


 


 プヨ歴V二十六年六月二十七日。夕方。


 今度はカンナ地区で、民間人の死体が見つかった。


 被害者は元奴隷の民間人で、男性の四十四歳だと捜査情報が齎された。


 この情報を聞いて傭兵達は、犯人はグランにもう決まったも同然だと思った。


 そして一刻も早くグランを捕まえるべく、傭兵部隊全員が捜査に励んだ。

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