第82話
信康はセーラと一緒に自分の部屋へと向かう。
「なぁ、さっきのミシェルは猫獣人だと聞いていたのだが・・・」
「はい? 何かありましたか?」
「あの女、どう見ても虎獣人だろう?」
「えっ? そうなんですか? ミシェルさんからは、猫獣人って聞きましたけど?」
「何で、そんな事を言うんだ? 種族を詐称する必要性など、別に無いだろう?」
「さぁ、私も其処までは・・・今はそれよりも、ノブヤスさん」
「何だ?」
セーラが信康をジッと見る。
「先程の、料理を教えてくれた方って、女性ですか?」
「そうだが・・・教えてくれた奴等は何人も居るが、本格的な指導をしてくれたのは二人居てな。しかし・・・もう一人は、何と言えば良いのだろうか?」
「はい? どう言う意味ですか?」
「その本人曰く・・・身体は男、心は女とか言っていたな」
「は、はぁ、ず、随分と変わった方なのですね」
「他の傭兵仲間に聞いたら、あいつはニューハーフとか言っていたな」
ハスキーな声に女性みたいな見た目だったので、女性と言われても納得できた。
見た目に反して、傭兵としては有能であった。
信康が料理について教わったのは、同じ傭兵団に所属していた頃の話だ。因みにニューハーフの傭兵とは別にもう一人は口調を持つ女性傭兵で、こっちはそのニューハーフの傭兵以上に料理が出来て料理を教えるのも数段厳しいものだった。
信康は昔を思い出していたら、セーラは声を掛けて来た。
「その料理を教えた方達は?」
「さてな。死んだとか聞いていないから、今も何処かの戦場で戦っているじゃないのか。二人共強いから、死んだとは思えんがな」
「そうですか。お元気だと良いですね」
「そうだな」
信康達は部屋に戻り、カルレアの好みの事をルノワ達に話した。するとルノワは信康とカルレアがこうなる事を見越して、事前に立てていた計画を実行すると決断した。
信康は心外だと言いたかったが、現実として実現してしまっているので何も言わなかった。ルノワは今夜計画を実行すると言って、必要な物を用意する為に各自で買い物に行く事となった。信康も計画に必要な鮃と鰈を探す為に急遽、ケル地区へセーラと買い物に行く事にした。
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カルレア籠絡計画の為に必要な材料を、ケル地区で無事に揃える事が出来た信康達。鮃も偶然仕入れられていたので、鮃も鰈もあるだけ購入した。帰宅後に自分達用と、カルレア用の水煮を作って差し入れした。
それから鰈と鮃の水煮の食べ比べをして晩御食べ終えると、一息付いて休んでいた。ティファは先に寝ると言って既に寝室に向かい、セーラも自室に帰って行った。すると食後から三十分経過した頃に、信康はルノワに声を掛けられた。
「ノブヤス様、お休みの所をすみません。そろそろカルレアさんに盛った遅効性の媚毒が、身体に効き始める頃合いです。これを持ってから、カルレアさんのお部屋に行って下さい」
「そうか、了解した・・・これは、記憶水晶じゃないか」
セーラに渡した物と同じ形をしていたので、直ぐに分かった。
これはどうしたのだと聞く前に、ルノワが話し出した。
「セーラから返して貰いました。念には念を入れても、損は無いかと。部屋の鍵も開けてありますので、今の内に侵入して下さい」
「本当に抜け目の無い奴だよ。お前は」
「恐れ入ります」
信康に称賛されたルノワは、慇懃に頭を下げて信康に応えた。
「私とした事が、もう一つ忘れておりました。・・・隠蔽と静寂も忘れず使って下さい。必要だと思うので」
「重ね重ね礼を言う。しかしルノワ、俺にこの記憶水晶を渡すという事は、今からカルレアを抱きに行って抱いた後、記憶水晶でその姿を記録して脅しのネタにしろという事か?」
「御明察です」
「こんな事したら、却って面倒な事にならないか?」
「其処は大丈夫でしょう。その脅しのネタがあった方が、カルレアさんもそれを言い訳にノブヤス様に抱かれる口実を作れます。亡くなった御主人に対しても、罪悪感は薄れるかと思います・・・それよりもノブヤス様、お話はこれ位にしてそろそろカルレアさんのお部屋に行って下さい。鍵を施錠されては面倒ですから」
「・・・・・・分かった分かった。今から向かうから、そう急かさんでくれ」
信康はルノワに言われるがままに、カルレアの部屋に向かう為に部屋を出た。
「さて・・・誰も居ないよな?」
信康は周囲を見渡して、誰も居ない事を確認した。
「・・・隠蔽。静寂」
もう一度だけ用心して周囲を確認したが、誰も居なかったので隠蔽と静寂の魔符を発動させて姿を消し音も発生する音も消した。
それから普通に歩きながら、真っ直ぐカルレアの居る部屋へと向かう。
誰の姿も見る事無く、信康は無事にカルレアの部屋の前に到着した。
(さて、まだ鍵は解錠されてあるかな?)
信康はそう思いつつ、扉に手を掛ける。すると簡単に扉は開いた。
「本当に、良い仕事をしてくれるよ。あいつは」
そう小声で言いながら、信康は部屋に入ってカルレアを探し始めた。
色々な部屋を探したが見つからず、最後の寝室の前まで来た。
「・・・ふっ。期待通りの展開だな」
信康はほくそ笑みながら、寝室の扉の前まで歩いて近付いた。すると寝室の扉越しから、微かに声が聞こえた。
その声からカルレアが、この寝室に居る事が分かった。信康は笑みを浮かべながら、耳を扉に付けて室内の様子を盗み聞きする事にした。




