第78話
「どうぞ、お茶です」
信康は自宅まで連れて来たロバードを寝室まで運んで、そのまま帰ろうとした。するとアメリアが「お茶でも如何ですか?」と言うので、断るのも悪いと思った信康は茶を飲んでから帰る事にした。
用意してくれた茶を「どうも」と言って啜る信康。
茶を啜りながら信康はロバードの顔が赤く腫れていたり、服が擦り切れているのを何と話をすれば良いのか考える。
ロバードの方は家に着くなり完全に眠りに着いてしまったので、何があったかの経緯を話していない。
信康は別に話しても良いのだが、アメリアに父親であるロバードの醜態を言うのは少々気が引けていた。
そう言い淀んでいるとアメリアは信康が何も言わない事で察したのか、悲しそうに微笑む。
「大丈夫です。何があったかのかは分かりますから」
「・・・・・・そうか」
信康は茶が入ったコップを置き、ロバードが寝ている寝室を見る。
「ぐお~、ぐお~・・・・・・・・・」
扉越しからでも、ロバードの鼾が聞こえる。余程気持ち良く寝ている様だ。
アメリアも信康の視線に釣られてなのか、寝室を見る。
「父は元々、優秀な騎士で将軍だったんです。現在の父を見ても信じられないと思いますけど、一時は沢山あげた功績で貴族にまでなれた程の凄い人で・・・人の話伝手なので詳しくは知りませんが、幾つもの武勇伝を聞かされて来ました」
「確かに優秀そうだったな」
酔っぱらって傷で足が不自由だと言うのに、使用人相手に中々の戦いをしたのだ。
かなり優秀じゃないと、出来ない事だと思う信康。
「でも・・・二年前の戦争で右足と両腕を負傷しまして、足の怪我は幸いな事に完治して日常生活に問題は無いのですが・・・両腕の方は筋まで斬られているそうで、二度と前みたいに剣は振れないと医者に言われました」
「ああ、だから足捌きは優れていたんだな・・・それはそれとして、実に大変だな」
信康は色々な国々を回って怪我を負い、戦場に立てなくなった騎士や兵士ほど大変だと思っている。
その後の生活も人それぞれだ。昔の栄光に縋って酒に溺れる後ろ向きの者も居れば、戦歴の多さと戦場の経験を活かして、教官をする前向きな者も居たりする。しかし共通して全員、以前との生活の違いに慣れなくて大変そうだと思う。
「じゃあお前の父親も一日中、酒を飲む生活か」
「いえ。それが知り合いの伝手で、プヨ王立騎士学院の騎士科の教官として働いているのですが・・・貰っている給料よりも、酒を飲むので家計が」
「おいおい。給金以上の金を使っているとか、それだと毎月赤字だろう? それにそんな無茶な生活をしていたらその内、本当に身体を壊すぞ」
「私もお酒を飲むのは止めてと言っているですが、止めてくれなくて」
「全く、呆れた親父さんだな・・・」
自分で稼いでいるから好きに使っても良いだろうと言われては、家族でも何も言えないだろう。信康は何とも言えず、茶を啜った。そして茶を飲み終えると、席を立った。
「じゃあ、俺はこれで・・・茶代だ。取っておけ」
信康はそう言うと、テーブルの上に一枚の硬貨を置いた。その硬貨を見て、アメリアは両眼を見開いて驚愕する。その硬貨とは、一枚の大金貨であった。
「そんなっ!? お茶代なんてっ!・・・そ、それに大金貨なんて受け取れませんっ!!」
アメリアは勢い良く立ち上がって、手に持った大金貨を信康に返そうとする。貴族だった当時のロズリンゼ子爵家時代に何回か見た事があるので、それが大金貨だと直ぐに分かったのだ。そんな慌てているアメリアを、信康は片手を前に出して制止させた。
「構わん。俺は傭兵をしているが、実は金に困っていないんだ。内緒だぞ?・・・だからこれも、俺にとって大した事では無い。お前等の今後の生活の為にも、その金は持っておきな。親父さんにバレるなよ」
「っ・・・・・・っっ・・・ノブヤスさん。本当に助かりますっ・・・ありがとう、ございますっ」
アメリアは両眼に涙を浮かべながら、信康に深く下げて感謝の意を示した。やはり家計的に、結構追い詰められていたのだろうと思う信康。しかしユキビータス伯爵家に頼りたくも無いのだろうなと、信康はアメリアに同情した。
泣いていたアメリアが落ち着いたのを見計らって、信康はロズリンゼ宅を出た。自宅の外を出てまで見送ってくれるアメリアの視線を背中に受けつつ、信康は片手を振ってそのまま寄り道せずアパートメントに帰って行った。
プヨ歴V二十六年六月十六日。
朝が早い中、信康は何故かリビングで正座の姿勢で居た。
何故そうなっているのかというと、昨日夜遅くというか、アパートメントに着いた時には既に日付が変わっていた。
信康はルノワ達を起こさない様に部屋に入ったが、リビングでセーラが居た。
セーラは部屋に入って来た信康に、説教してきた。
連絡がないまま帰りが遅い事に、セーラは偉くご立腹の様だ。
説教の後「反省して下さい!」と言われて、今夜は正座でリビングで過ごす様にと言われた。
朝起きてその体勢でなかったらまた説教すると言って、セーラは寝室に入った。
しかもご丁寧に信康が寝室に入れない様に、鍵も掛けられた。
仕方がなく、信康は正座の体勢のまま一夜を明かした。
信康はこれでも傭兵として活動して来た性質なのか、どんな体勢でも眠れる様になっていた。
「・・・・・・・よく、そんな体勢で眠れますね」
寝室を出たセーラは、信康の寝ている体勢を見て不可思議な物を見た顔をしていた。
「・・・・・・傭兵稼業が長かったからな、どんな体勢でも眠れる様になっただけだ」
信康は目を開けて、セーラを見る。
セーラは深い溜め息を吐いた。
「もう、良いですよ」
「そうか」
信康は正座を解いて立ち上がろうしたが、足が痺れて膝がつきそうだった。
「だ、大丈夫ですか?」
「あ、ああ、だいじょうぶだ」
信康は近寄って来るセーラを手で制して、痺れる足に活を入れてようやくソファーに座る。
セーラは信康の様子を気にしながらも、朝ご飯の用意をし始めた。
「ふわぁ~、おはよう」
「おはようございます」
テイファとルノワが寝室から出てきた。
欠伸交じりで朝の挨拶をするティファは、ソファーに座る信康を見て近寄る。
「どうしたの? ノブヤス」
「いや、ちょっとな」
「ふ~ん。そうなんだ」
ティファは悪戯を思いついた子供のような顔をして、信康の足を突っつく。
「ふおっ」
足を突っつかれて、悲鳴をあげる信康。
そんな信康を見て、ますます笑みを浮かべるティファ。
「ふっふふ~ん、普段はあんたが私を苛めるけど、今は私が苛めてあげる」
そう言ってティファは指を突っつく。
信康は止めろと言おうとすると、足を突っつかれて言葉が出なかった。
「セーラの気持ちを台無ししたんだから、これ位耐えなさい」
足を突っつきながら言うティファの言葉を聞いて、首をひねる信康。
どう言う意味だと訊こうとしたら、ルノワが信康の耳元に顔を近づける。
「昨日、仕事が終わってからセーラさんがノブヤス様にご飯を作ってくれたんです。美味しく出来たそうなので食べさせたかったみたいですよ」
そんな事があったとは知らなかったので、信康は悪い事をしたなと思った。
だがこんな仕打ちを受けるのは少し理不尽だと思うが、此処は甘じて受ける事にした信康。
「ただでさえ昨日からカルレア大家さんの様子がどうも怪しいんだから、その対策の為にどうしようか話そうとしていたのに」
「カルレアが?」
信康はティファからカルレアの事を聞いて、少し思案する。
心当たりとしては、あの一夜の出来事しか信康には思い付かなかった。
「あんた、カルレアさんに手を出したでしょう?」
「どうなのですか? ノブヤス様?」
ティファが確信を持って信康を訊ね、ルノワも半ば諦めた様子で同様に訊ねる。
信康は二人の視線を見て、誤魔化せないと判断した。
「ああ、確かにそうだ」




